| ●円谷家系図 |
| 円谷英二 |
1901〜1970/円谷プロダクション創立者・初代社長、特撮監督、映画監督/本名・円谷英一/
日本飛行学校、神田電機学校に学び、大正8年天活(9年国際活映に変更)に撮影技師として入社。
14年松竹京都撮影所に移り、撮影助手・カメラマンをつとめ、昭和7年日活を経て、9年JOスタジオ(東宝の前身)に入社、11年監督デビュー。
12年日独合作映画「新しき土」で日本初の本格的スクリーンプロセスを完成。
同年東宝に転じ、特殊技術課を創設。
「燃ゆる大空」「ハワイ・マレー沖海戦」「加藤隼戦闘隊」などの航空戦記映画の特殊技術を担当、特撮の魅力を認めさせた。
戦後は、公職追放でフリーとなり、大映の「虹男」「透明人間現わる」などの特撮担当後、27年東宝に復帰。
29年日本初の怪獣映画「ゴジラ」を制作し大ヒットを飛ばす。
以来「空の大怪獣ラドン」「モスラ」、テレビ「ウルトラQ」「ウルトラマン」(監修)などで映画、テレビに怪獣ブームを巻き起こした。
38年に円谷特技プロ(のち円谷プロダクション)を設立し、社長に就任。
特撮映画を制作するとともに、多くの特撮マンを育てた。
他の作品に「地球防衛戦」「日本誕生」「世界大戦争」「大盗賊」「怪獣大戦争」などがある。
◆関連本
◆関連DVD |
| 荒木秀三郎 |
円谷英二の妻・マサノの弟/光学撮影担当/
ニュースカメラマンとして、ニューギニアのパレンバン落下傘部隊に従軍した。
「大怪獣バラン」等で特撮を担当。 |
| 円谷一 |
1931〜1973/英二長男/円谷プロ第2代社長、TBSディレクター/
「ウルトラQ」7本、「ウルトラマン」8本、「ウルトラセブン」6本の監督をつとめるなど、第1期ウルトラシリーズの核づくりや方向付けをした中核的存在。
『とりわけ「ウルトラマン」シリーズを特徴づけているユーモア、あたたかさ、どことなしに抜けたような大らかさ、そしてメルヘン調の味わいは、ツブちゃん(円谷一)の人柄そのものの発露にも思える。」(「怪獣な日々―わたしの円谷英二100年 」実相寺昭雄/著)
また、東京一(あずまきょういち)のペンネームで「ウルトラマン」「ウルトラセブン」の主題歌等を作詞した。
TBSを退職し、父・“特撮の神様”円谷英二の死後、円谷プロが明日をも見えぬ状況に陥った昭和45年代表に就任。
その翌年には「帰ってきたウルトラマン」をプロデュースし、怪獣ブームを復活させる。
ブームの上げ潮に乗り経営は、2年で立ち直るが、47年離婚、その翌年、過労のため41歳の若さで急逝。
◆著書・関連本
「円谷一―ウルトラQと“テレビ映画”の時代 」白石雅彦 |
| 円谷昌弘 |
円谷一長男/円谷プロ第5代社長/
平成「ウルトラセブン」「ウルトラマンネオス」「オタスケガール」をプロデュース、
「ムーンスパイラル」では監督を担当した。
◆関連DVD
「円谷英二のおもちゃ箱 もう一つのファインダー 」 |
| 円谷英明 |
円谷一次男/円谷ドリームファクトリー社長/円谷プロ第6代社長/
バンダイから円谷プロに入社、「ウルトラマンコスモスVsウルトラマンジャスティス THE FINAL BATTLE」「新世紀2003 ウルトラマン伝説
THE KING'S JUBILEE」の企画を担当した。 |
| 円谷浩 |
1964〜2001/円谷一3男/俳優/本名・円谷寛/
俳優の道に進み大映テレビの「高校聖夫婦」でデビュー。
翌年、宇宙刑事シリーズ第3弾の「宇宙刑事シャイダー」で主役を演じる。
「若大将!天下御免」「水戸黄門」「暴れん坊将軍」「真田太平記」「ウルトラセブン 地球星人の大地」「新選組血風録」などテレビの青春ドラマ、時代劇を中心に活躍。
「ウルトラマンダイナ」にミヤタ参謀役でセミレギュラー出演。
他に映画「福沢諭吉」「勝利者」、舞台「孤愁の岸」など。
健康を害し、円谷プロ芸能部のマネージャーに転じるが、平成13年肝不全のため37歳で早世。 |
円谷一美(ひとみ)
(又紀仁美/ゆうきひとみ) |
円谷一長女(第4子)/歌手(シンガーソングライター)/
又紀仁美の芸名でアルバム5枚をリリースしたJ-POPアーティスト。
透明感のある歌声と繊細な歌詞が魅力的で完成度も高い。
現在は円谷一美の本名に戻り、コンポーザーとして活躍している。
◆関連CD
「Kiss in the rain 」
「あなたが微笑むとき 」
「Forward 」
「YOU&LOVE 」
「Be Myself 」
◆著書(小説)
「風の香る場所 」 |
円谷皐
(のぼる) |
1935〜1995/英二次男/円谷プロ第3代社長、初代会長、映画プロデューサー、歌手/通称・谷のぼる/
昭和33年フジテレビに入社。
ディレクター、ドラマプロデューサーとして数多くの作品を手がける。
43年、フジテレビ退社後、円谷プロダクションに転じ、専務、48年社長。
この間、43年円谷エンタープライズを設立し、社長、48年円谷音楽出版代表取締役を兼任。
“ウルトラファミリー”化路線を推進した。
変身ものの元祖「ウルトラマン」をアニメにして、62年アメリカのテレビで放映、評判を呼んだ。
プロ歌手としても活動し、CDシングル「素敵な出逢いを有難う」などがある。
◆著書・関連本
「円谷皐 ウルトラマンを語る 」
◆関連CD |
| 円谷一夫 |
第4代社長、円谷プロ現会長兼社長(第8代)/ |
円谷粲
(あきら) |
英二3男/円谷ドリームファクトリー取締役、円谷エンターティンメント副会長/
「ウルトラQ」で円谷プロ入り。
「怪奇大作戦」までは助監督として作品を支え、円谷一が代表となってからはプロデューサーに転じた。 |
円谷優子
(憂子) |
歌手/
昭和63年「HELP」でデビュー。平成元年4月にはファーストアルバム「COLORS」を出す。
ラジオのDJ、声優などにも挑戦。同年8月発売のアニメビデオ「ハイスピード・ジェシー」全12巻では主役“ティアナ”の声を担当した。
◆関連CD |