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十河信二~加賀山之雄 系図 (※転載禁止)


「新幹線の父」 十河信二系図



不屈の春雷〈上〉―十河信二とその時代
不屈の春雷〈下〉―十河信二とその時代


そらのる 1210追加

●十河(そごう)信二家系図 人物解説
十河信二
十河信二
1884(明治17)~1981(昭和56)/
第4代国鉄総裁(71歳~79歳)、鉄道弘済会会長、愛媛県西条市長、興中公司社長、満鉄理事、鉄道省経理局長/
愛媛県、父・鍋作、母・ソウ、農家の次男(長男・虎之助、長女・ムラ、次男・信二、次女・シゲの4人きょうだい)
明治41年、帝大学生時代に、東京音楽学校(現・東京芸大)の学生だった岡崎キクと結婚。
妻・キクは岡崎重陽長女。国鉄総裁就任3年後の昭和33年、妻は71歳で病死/
子は長男・耕作、長女・由子、二男・健三(生後一週間で夭折)、三男・林三、四男・和平、二女・恵子、五男・新作/
東京帝大法科大学卒/
1912年、鉄道院(1920年5月15日、鉄道院は鉄道省に昇格)に入省。
24年鉄道省経理局長、26年退職。のち満鉄理事、興中公司社長を歴任。
1945年7月30日、愛媛県西条市市長に就任。翌年、辞任。
鉄道弘済会会長をへて、1955年71歳で第4代日本国有鉄道総裁に就任した。63年退任。
在任中、島秀雄を国鉄技師長に迎え、東海道新幹線の実現に尽力し、「新幹線の父」と呼ばれる。
十河信二
不屈の春雷〈上〉―十河信二とその時代」、「不屈の春雷〈下〉―十河信二とその時代」牧久
有法子(ユーファーズ)―十河信二自伝
私の履歴書〈第8集〉 市川猿之助、金森徳次郎、岸信介、瀬越憲作、十河信二、安川第五郎、吉井勇
岡崎重陽 郵便局長(北海道・余市)、電気技師/
岡崎重陽は、「遠州中泉の産で尾張徳川家の直参」。
明治初年に開校した電信修技学校に学んだ電気技師。
明治5年、17歳の時、明治政府の第一世代留学生として電信技術習得のため、岩倉具視の遣欧視察団に随行し、英国に留学、ロンドンで学んだ。
帰国後、逓信省に入り、東北以北の通信施設建設に従事した。
青森-函館間海底電信線の敷設で青森に滞在中、青森の士族・野沢家の一人娘、タミと縁あって結ばれる。
のちに、炭鉱で失敗、余市で三等郵便局長になった。
重陽の兄である岡崎家の長男は、武士をきらってヤクザになり、清水次郎長一家の大黒柱といわれた政五郎(大政)だという。
加賀山之雄(ゆきお)
加賀山之雄
参議院議員、第2代国鉄総裁/加賀山乙 三男/
いとこに加賀山一、次雄、信三/
妻・由子(みちこ)は十河信二長女
入山映(あきら) 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科教授、笹川平和財団理事長、国鉄営業部長/
妻・章子は加賀山之雄次女/
入山映
市民社会があぶない―改正公益法人制度が日本をほろぼす
加賀山学 華中運輸副社長、鉄道省工務局長/
妻・素は星野元彦長女/
加賀山之雄の長兄で十河信二の鉄道省時代の同僚。
加賀山国雄 大日本農会副会長、農林水産技術情報協会理事長、農林漁業金融公庫理事、農林官僚/加賀山学二男
日本の農業と技術
加賀山朝雄(ともお) 日本交通事業社社長、日本交通公社専務、国鉄常務理事/加賀山学五男。加賀山之雄の甥/
妻・紀子は吾孫子豊長女/
ある技術屋のロマン―加賀山学遺稿」加賀山学/著、加賀山朝雄/編
吾孫子豊
吾孫子豊
運輸審議会会長、国鉄副総裁/
妻・鶴千代は北岡鶴松長女。妻の叔父(母・信子の妹・一子の夫)に千家尊統(82代出雲国造・出雲大社宮司/男爵)、
妻の従弟に千家尊祀(83代出雲国造・出雲大社宮司)。千家家系図/
吾孫子豊
十河粭作(こうさく) 三菱商事/十河信二長男。享年34/
小畑敏四郎長女・美代子と昭和10年結婚。一男一女をもうけるも17年死去。享年34/
京大を出て三菱商事に入社。太洋丸で南方へ向かう東シナ海で米国潜水艦の攻撃により、帰らぬ人となった。
十河一元 日本ユニパックホールディング(日本製紙と大昭和製紙が統合/現・日本製紙)会長、
大昭和製紙社長、日本興業銀行常務/2002年死去。
元田肇
元田肇
衆議院議長、逓信相、初代鉄道相、枢密顧問官
関連系図
小畑美稲(うましね)
小畑美稲
元老院議官、香川県知事、貴族院議員(勅選)、司法官僚/男爵
小畑敏四郎
小畑敏四郎
国務大臣(東久邇内閣)、陸軍中将、陸軍大学校校長/小畑美稲四男/
妻・千鶴子は元田肇三女
野沢林三 十河信二三男/
埼玉県野沢家を興す。妻・しずかは安江綱彦長女
十河和平 国鉄水戸管理局長・監査委員/十河信二四男/
妻・みつゑは八田惣三郎四女
十河光平(こうへい) Web関連会社代表/十河和平長男。十河信二の孫/
『1947年5月東京生まれ。信二の四男和平の長男。幼少時信二と同居。よく旅行などに同行。
早稲田大学理工学部卒業後、沖電気工業株式会社入社。超LSIの研究開発に従事。現在はWeb関連の会社代表。
夢の超特急ひかり号が走った 十河信二伝」マンガ・文/つだゆみ、監修/十河光平、協力/原朗』
種田虎雄
(おいた)
種田虎雄
1884~1948/近鉄社長、鉄道省運輸局長、貴族院議員/十河信二とは莫逆の友/
妻・秀子は白根勝二郎の娘。白根竹介の妹/
『種田は子宝に恵まれず、十河の次女恵子を養女にし、実兄の次男と結婚させている。
(「不屈の春雷〈下〉―十河信二とその時代」)』
種田竜 朝日化学社長/種田虎雄の兄
種田孝一 住友金属工業副社長、住金物産会長、ダイキン工業会長、サッカー日本代表/種田竜長男
東大経済学部卒/
種田憲次 田辺製薬常務、日本C.H.ベーリンガーゾーン社長/父・種田竜、母・はるの二男。叔父・種田虎雄の養子/
妻・恵子は十河信二二女/
東大医学部薬学科卒/
十河新作 日本貿易振興会(ジェトロ)広報担当理事/十河信二五男/
妻・万千子。前妻・蓮子は斎藤達雄長女/
征服者との対話」十河新作、十河万千子
山岡儀助 鉄道省鉄道監
山岡通太郎(みちたろう) 日本ナショナルトラスト理事長、上信越高原リゾート開発社長、国鉄自動車局長・パリ事務所長/山岡儀助長男/
妻・園子は加賀山学五女/
代々役人の家に生まれる。曽祖父・山岡雅輔は幕末の長州から、伊藤博文らとともに江戸に出て、明治政府に出仕、宮内省・農商務省などに勤めたという。
祖父は逓信省に入り、小石川あたりで郵便局長を勤めていたが、スペイン風邪で早世。
父は大学卒業後、鉄道省に入り、軍属(陸軍司政長官)として、ルソン島内の山中で戦死した。
GALA(ガーラ)・ビジネス創造の物語―スキー場を「祝祭空間」に変えた人々
山岡瑞雄 JR東日本企画社長、JR東日本常務/山岡儀助次男
野間喜瀬次 料亭旅籠「田野屋」主人/信二の母・ソウの妹・イクの夫
野間恭一郎 三菱商事取締役兼総務部長/野間喜瀬次(『人事興信録 第11版』では「喜瀬治」)長男。十河信二の従弟/
姉・フミの夫は十河信二の兄・虎之助/
妻・久子は石渡秀吉長女/
一高、東大卒業後、三菱合名会社に入社、ベルリン、ロンドン支店長などを経て、昭和11年には、三菱商事の取締役総務部長となった。
(肩書き・役職の「元・前」は基本的に省略|人物解説リンクコトバンク/amazon[名前で検索])





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