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天璋院篤姫・島津家・徳川家 系図 (※転載禁止)



今和泉島津家10代・島津忠剛



薩摩藩主・島津本家


島津斉彬
島津斉彬(なりあきら)


島津久光
島津久光

一門家・今和泉島津家

薩摩藩主・島津家の家臣団において、一門家は藩士家格の最高で、 徳川家における御三家に相当するものであった。
重富・加治木・垂水(たるみず)・今和泉の四家があり、 いずれも、島津家の分家で、その石高は一万石以上あった。

篤姫は、今和泉島津家の出身で、
父・島津忠剛は、薩摩藩主・島津斉宣(26代)の七男として生まれ、 今和泉島津家に養子に入って、10代を継いだ。

母・は、初代薩摩藩主・島津家久(18代)の四男・忠広を祖とする家で、 一所持格である島津助之丞久丙の娘であった。

※一門家の次に位置する家格が、一所持(いっしょもち)と一所持格。
一所持は、一所すなわち一つの領地を持つ家臣であり、 一所持格は、それと同格の家臣で、両者の間には上下の別はなかった。

(島津斉彬・久光 [注※])



島津本家、そして近衛家

篤姫は、1853年、薩摩藩主・島津斉彬の養女となり (実際は、斉彬の従妹)、江戸に赴いた。
そしてその後、1856年、公家の名門・近衛家の養女となり江戸城に入り、 13代将軍徳川家定の御台所(みだいどころ/正室)となった。

[斉彬正室・英姫は、一般的には、徳川御三卿・一橋家出身となっているが、 実際は、11代将軍徳川家斉の十四女。
家斉の子女は早くから各有力大名にばら撒かれ、許婚(いいなずけ)とされた。
だが、斉彬の母・周子(かねこ)は、政略的でない対等の婚姻を主張して譲らず、 やむなく、英姫を家斉の実家である一橋家の第一女として、婚約を整えた。]




(水戸・徳川斉昭と12代将軍・徳川家慶/系図でみる近現代 第22回」より

13代将軍・徳川家定

篤姫が嫁いだ13代将軍・家定は、政治的な判断能力は、なかったと言われる。
家定の幼児性を示す行動が、伝わっているが、庭でアヒルを追いかけたり、 家臣に豆を煎って、ふるまったりしたという。

これ、“豆知識”・・。

(とはいえ、実のところ、家定の人となりも、篤姫同様、十分には検証されておらず、 実際のところどのような人物であったのかは、明らかではない。)

NHK大河ドラマ 篤姫テレビドラマ相関図


仙巌園(島津家別邸)より見た桜島
仙巌園(せんがんえん/島津家別邸)より見た桜島

そらのる 1210追加

●天璋院篤姫・島津・徳川家系図
島津久丙 一所持格/初代薩摩藩主・島津家久(18代)の四男・忠広を祖とする。
島津忠剛 今和泉島津家10代/
今和泉家は1744年再興され、6代当主に、島津吉貴(21代)の子・忠郷、7代がその弟・忠温。
8代に島津重豪(25代)の子・忠厚、9代が忠厚の子・忠喬が継いでいた。
島津忠冬 今和泉島津家11代
島津忠敬 今和泉島津家12代
篤姫
(天璋院)
天璋院
1836~1883/13代将軍徳川家定御台所/
薩摩藩今和泉領主島津忠剛の長女、藩主島津斉彬の養女/
近衛忠煕の養女として1856(安政3)年12月、家定の御台所となる。
58年7月家定が没し、落飾して天璋院と号す。
生家の意向に反し、一橋慶喜の将軍就任には否定的で、14代将軍には徳川家茂を推したという。
68(明治元)年、鳥羽・伏見の戦後は静寛院宮(和宮)らとともに、徳川家存続に尽力した。
幼名を一子(かつこ)、または於一(おかつ)といい、島津斉彬の養女になって篤姫と呼ばれ、近衛家の養女になり敬子(すみこ)、篤君として将軍家に嫁ぎ、家定を亡くしてからの名を天璋院という。
天璋院」・「篤姫
新装版 天璋院篤姫」宮尾登美子
NHK大河ドラマ・ストーリー 篤姫 前編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)
島津重豪(しげひで)
島津重豪
島津家25代/第8代薩摩藩主
島津重豪
茂姫(広大院)
広大院
11代将軍徳川家斉御台所
島津斉宣(なりのぶ)
島津斉宣
島津家26代/第9代薩摩藩主
鹿児島県史料〈島津斉宣・斉興公史料〉
島津斉興(なりおき)
島津斉興
島津家27代/第10代薩摩藩主
鹿児島県史料〈島津斉宣・斉興公史料〉
郁姫 近衛忠煕正室/興子
近衛忠煕
近衛忠煕
関白/公武合体派の公卿
島津斉彬(なりあきら)
島津斉彬
島津家28代/第11代薩摩藩主
島津斉彬
島津斉彬のすべて 新装版」村野守治
島津斉彬―時代の先を歩み続けた幕末の名君」加藤ケイ
島津久光
島津久光
忠義(最後の薩摩藩主)実父、斉彬の異母弟/前名・島津忠教(ただゆき)/
内閣顧問、左大臣/公爵
島津久光
島津久光と明治維新―久光はなぜ討幕を決意したのか」芳即正
島津忠義
島津忠義
島津家29代/第12代薩摩藩主/公爵
池田治道
池田治道
因幡鳥取藩主
由羅
お由羅の方
島津斉興側室、島津久光の母
お由羅の方―南国の夢いくたびか薩摩藩お家騒動のヒロイン (ロマン・コミックス人物日本の女性史 27)
島津忠公 重富島津家当主
徳川宗尹
徳川宗尹
一橋徳川家初代
徳川治済
徳川治済
一橋徳川家2代
徳川斉匡
徳川斉匡
田安徳川家3代
徳川慶頼
徳川慶頼
田安徳川家5代・8代
徳川斉順
徳川斉順
清水徳川家3代を経て、紀伊徳川家11代
徳川家斉
徳川家斉
徳川11代将軍
徳川家慶
徳川家慶
徳川12代将軍
徳川家定
徳川家定
徳川13代将軍/前名・徳川家祥(いえさち)
徳川家茂
徳川家茂
紀伊徳川家13代を経て、徳川14代将軍
和宮(静寛院宮)
和宮親子内親王
14代将軍徳川家茂正室/仁孝天皇第8皇女、孝明天皇の異母妹/
和宮
最後の大奥天璋院篤姫と和宮」鈴木由紀子
徳川300年ホントの内幕話―天璋院と和宮のヒミツ」徳川宗英
徳川家達(いえさと)
徳川家達
徳川宗家第16代当主/貴族院議長/公爵
関連本
花葵―徳川邸おもいで話」保科順子
徳川宗堯
徳川宗堯
水戸徳川家4代
徳川宗翰
徳川宗翰
水戸徳川家5代
徳川治保
徳川治保
水戸徳川家6代
徳川治紀
徳川治紀
水戸徳川家7代
徳川斉昭
徳川斉昭
水戸徳川家9代
徳川斉昭
烈公水戸斉昭」高野澄
父より慶喜殿へ―水戸斉昭一橋慶喜宛書簡集」大庭邦彦
徳川慶喜
徳川慶喜
一橋徳川家9代を経て、徳川15代将軍/公爵
徳川慶喜
最後の将軍―徳川慶喜」司馬遼太郎
その後の慶喜―大正まで生きた将軍」家近良樹
徳川慶喜とそれからの一族―徳川一族の明治・大正・昭和史」佐藤朝泰
(肩書き・役職の「元・前」は基本的に省略|人物解説リンク:コトバンク/amazon[名前で検索])





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●参考文献
新装版 天璋院篤姫」宮尾登美子/著
天璋院篤姫」寺尾美保(尚古集成館学芸員)/著
NHK大河ドラマ・ストーリー 篤姫 前編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)
島津斉彬のすべて」村野守治/編
「島津歴代略記」島津顕彰会
「島津家おもしろ歴史館」尚古集成館
「江戸大名家血族事典」別冊歴史読本

●参考HP
指宿市考古博物館 時遊館COCCOはしむれ