| ●志賀節家系図 |
志賀和多利
(わたり) |
大伯父/衆議院議員/岩手/
日本法律学校/
司法官試補、検事代理となり、弁護士業にも従事。
大正9年に岩手2区から衆院議員に初当選、以来連続7期。
その間、田中義一内閣の鉄道参与官、斎藤内閣の逓信政務次官になり、また立憲政友会総務もつとめた。 |
| 志賀ミヱ |
祖母/女医/
岩手に育ち、裁縫教員として小学校に奉職。
明治42年、医術開業国家試験に合格、医師免許を取得した岩手出身女医一号となる。
45年、宇都宮で初の女医として開業した。
また、栃木県立宇都宮第一女学校校医や看護婦学校で教えた。 |
| 志賀健次郎 |
父/衆議院議員(自民党)、防衛庁長官/旧姓・亀卦川(きけがわ)/岩手/
早稲田大学政経学部政治学科/
朝日新聞記者を経て、昭和22年から衆院議員に9選。
この間、民主党常任幹事、改進党代議士会長、自民党広報委員長などを経て、第3次池田内閣の防衛庁長官を務めた。 |
志賀節
(せつ) |
衆議院議員(自民党)、環境庁長官/岩手/
早稲田大学文学部/
南カリフォルニア大学大学院の国際政治部に学び、5年ほど三木武夫の秘書を務める。
昭和47年、衆院議員に当選。以来、三木の若手側近として政治家修業。
外務政務次官、農水政務次官などを歴任。平成元年、海部内閣の官房副長官を経て、環境庁長官に就任。
旧河本派。8期務める。8年、12年落選。
■志賀節ホームページ
◆「世直しへの戦い―現代日本精神を斬る 」 |
| 志賀かう子 |
エッセイスト/志賀節の妹/
小学校入学を1ヶ月月後に控えた時、母が亡くなり、祖母の元で育つ。
昭和58年、初めての著書「祖母・わたしの明治」で日本エッセイストクラブ賞を受賞。
その後、エッセイストとして活躍。宇都宮生まれ。
◆志賀かう子
「祖母、わたしの明治 」
「桜楓の百人―日本女子大物語 」志賀かう子、星瑠璃子、ほか |