| ●小渕優子家系図 |
小渕光平
(おぶちみつへい)
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祖父/衆議院議員(自民党)/
中之条実業補修学校/
光山社小渕製糸所を創業し、その社長となり、
中之条町会議員、群馬県地方労働委員となる。
また、群馬県交通安全協会連合会長、
北毛自動車運送(株)社長、日本トラック協会常任理事、
日本製糸協会理事、自由民主党群馬支部連合会長となる。
当選2回。昭和33年没。 |
小渕光平
(二代目) |
光山社(こうざんしゃ)グループ代表、中之条町長(群馬県吾妻郡)/恵三の兄/
光山社グループはNECの通信部品などをつくる光山電気工業を中心に、運輸・観光業(尻焼温泉 ホテル光山荘等)などを手がける従業員六百名、年商百億円をあげる群馬県有数の中堅企業。 |
| 小渕恵三 |
父/首相、衆議院議員(自民党)/
早稲田大学/
昭和38年、父・光平の地盤である群馬3区(現5区)から衆院議員に当選。
以後、連続当選し、郵政・建設政務次官、総理府総務長官・内閣官房長官などを歴任、
竹下内閣の官房長官として“平成”の元号を発表した。
自民党内では田中派・竹下派と主流にあって幹事長・副総裁を務めた。
平成9年、第2次橋本内閣の外相、10年7月、橋本首相の後任として、党総裁選の末、梶山静六、小泉純一郎、を破り首相に就任。
11年1月小沢一郎党首率いる自由党と連立して内閣を改造。
9月の党総裁選で加藤紘一、山崎拓を抑え再選すると、10月に公明党を加えた3党連立による第2次小渕改造内閣を発足させた。
12年4月脳梗塞で倒れて総辞職、以来昏睡状態が続いていたが、5月に入院先で死去。
首相在任中は経済再生などに尽力し、金融再生関連法を成立させた他、賛否両論の日米防衛協力のための新指針(ガイドライン)関連法、国旗・国家法、通信傍受法など次々と成立させ、自自公の巨大与党を作った。
また“人柄のオブチ”と呼ばれ、“ブッチホン”の流行語を生み出す程、頻繁に電話をかける気配りを見せた。
◆小渕恵三
「小渕恵三の615日。―第84代内閣総理大臣の全公務記録 」
「凡宰伝」佐野真一 |
| 小渕暁子 |
姉/イラストレーター/小渕恵三長女/
グリーティングカードメーカーの企画室を経て平成6年独立。
現在、イラストレーター、グラフィックデザイナーとして幅広く活躍中。
■小渕暁子オフィシャルサイト
◆小渕暁子
「父のぬくもり 」 |
| 小渕優子 |
衆議院議員(自民党)、TBS勤務/小渕恵三次女/
成城大学/
■小渕優子 Official Site |
瀬戸口克陽
(かつあき) |
夫/TBSプロデューサー/
「花より男子」「花より男子2(リターンズ)」「山田太郎ものがたり」」等をプロデュース。
平成16年12月、小渕優子と結婚。 |