近現代・系図ワールド
〜政治家系大事典〜

現代の政治家で、
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野田聖子系図


野田聖子 系図

野田家と島家


日経新聞2007年6月掲載「私の履歴書/ニコン相談役・吉田庄一郎」によれば、
野田聖子の父・島稔と、吉田庄一郎は、大学時代ダンス仲間であり、
野田家と島家に関して、こう語っています。


「この時のダンス仲間に島稔君がいる。
元建設相の野田卯一氏の長男として生れた島君は、
幼少期に卯一氏の岳父である島徳蔵氏の養子となった。

徳蔵氏は「北浜の怪傑」と呼ばれた伝説の相場師で
晩年は大阪株式取引所(大阪証券取引所の前身)理事長や
阪神電鉄社長などを務めた。

島君は頭の切れる天才肌で何をやらせても異彩を放っていた。
大学卒業後は八幡製鉄に入社。
稲山嘉寛氏の懐刀として将来を嘱望されていたが、
型破りな言動が災いしたのか、若くして会社を去った。

のちに島君の娘さんが卯一氏の養女となり、政治家の道を進む。
衆議院議員の
野田聖子さんである。」








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●野田聖子家系図
島徳蔵 曽祖父/相場師、大阪株式取引所理事長、日魯漁業社長、阪神電鉄社長/父・島徳治郎は大阪株式取引所仲買人/
明治28年大阪の私塾を出て、家業の株式取引所仲買人となった。
株式売買を続け、大正5〜15年大阪取引所理事長を務め、「北浜の島徳」として天才相場師といわれた。
また第1次大戦後に続出した大小会社の発起人に名を連ね「会社屋」とも呼ばれた。
さらに中国の天津、上海各取引所理事長のほか阪神電鉄社長など多くの事業を手がけた。
昭和2年に取引所法違反事件に連座、8年には売塩事件、9年愛国預金銀行にからむ背任横領事件で入獄、破産申請を受けた。
◆「相場師秘聞 波瀾曲折の生涯」鍋島高明
島定治郎
(ていじろう)
日米板硝子社長、貴族院議員(多額納税)/徳蔵の弟/
明治26年慶応義塾を卒業して実業界に入り、35年福島紡績に勤務の後、日米板硝子社長、日本硝子工業社長、大日本炭鉱取締役、日魯漁業監査役を務める。
また島商店・島貿易会社を経営して貿易業界に名を成した。
大正4年欧州を、7年米国を視察した。同年〜14年貴族院議員を務めた。
野田卯一 祖父/衆議院議員(自民党)、参議院議員、建設相、大蔵官僚(事務次官)/妻・光は島徳蔵の次女/
東京帝大法科/
大蔵省に入り、昭和23年大蔵事務次官、24年専売公社副総裁を経て、25年自由党から参院議員に当選。
26年第3次吉田内閣の建設相に就任。28年衆院議員に転じ、以後9選。
51年経済企画庁長官を務めた。
野田卯一
島稔 父/東大法学部卒業後、新日鉄勤務
野田聖子 衆議院議員、岐阜県議/
上智大学/
野田聖子のホームページ
野田聖子
だれが未来を奪うのか―少子化と闘う
鶴保庸介
(つるほ ようすけ)
参議院議員(自民党)/平成13年野田聖子と結婚(事実婚)、18年解消/
東京大学/
鶴保庸介ホームページ
実吉安純
(さねよし やすずみ)
海軍軍医中将、海軍軍医総監、貴族院議員/薩摩藩/子爵
医学を志し藩医池上祥斎に入門、戊辰戦争の際は従軍して負傷者の治療にあたる。
明治2年上京、下総佐倉の順天堂に入塾し佐藤尚中に師事、のち大学東校に入学。
4年海軍病院に出仕、9年海軍大軍医に進み、西南戦争従軍。
12〜18年英国に留学。帰国後、22年海軍軍医学校長、25年海軍軍医総監(海軍軍医中将)、30年海軍省医務局長を歴任。
この間、日清・日露戦争では海軍医務に活躍した。
33年男爵、38年貴族院議員、40年子爵。
退役後、大正9年に東京慈恵会医院医学専門学校長となった。
実吉雅郎
 (まさお)
日本揮発油(現・日揮)創業者・社長、大阪堂島米穀取引所理事/安純五男/妻・冨は島徳蔵の長女/
東京帝大法科大学政治科/
財団法人実吉奨学会






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●参考文献
新訂 政治家人名事典 明治〜昭和」日外アソシエーツ
20世紀日本人名事典」日外アソシエーツ
「政界・官庁人事録」
「人事興信録」





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