近現代・系図ワールド
〜政治家系大事典〜

現代の政治家で、
近親者に、主として国会議員がいる人物を、
家系図を通して、「点」から「線」へと繋ぎ、
それら近現代政治家を識るサイトです。


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●西村真悟家系図
東儀哲三郎 祖父/指揮者、宝塚歌劇団コンサートマスター/東儀美濃守清彰(雅楽家)の孫/
宮中雅楽の名門に生まれ、幼少から宮内省雅楽部に出仕し、御前演奏をした。
東京音楽学校でユンケルに師事、洋楽のバイオリンを専攻。卒業後、同校提琴科教師となった。
山田耕筰、小松耕輔らと音楽普及会を創設、定期演奏会を開いた。
また岩崎家の援助でフィルハーモニーを主宰、三越管弦楽団を組織して満州まで演奏旅行を行った。
室内楽で活躍していたのを宝塚歌劇団創設に伴うオーケストラ育成のため宝塚に招かれ、
大正10年宝塚音楽学校の指揮者となり、オーケストラ編成などに尽力、関西音楽界の発展に寄与した。
晩年、毎日音楽コンクール審査員、顧問を務めた。
西村栄一 父/衆議院(民社党)・民社党第2代委員長、堺市議/大阪/
貧しい農家の生まれで、小学校を出ると上海のおじを頼ってフランス高等学院に学ぶ。
大阪に帰って保険会社の給仕となり、31歳で大阪支店長。
昭和6年、全国労農大衆党中央委員。8年堺市議。
全国サラリーマン組合を結成したが半年で官憲の解散命令。
21年戦後初の総選挙で衆院議員に当選、社会党河上派に属し、23年芦田内閣の経済安定本部政務次官。
28年2月の衆院予算委員会で吉田茂首相に質問中、吉田が「無礼じゃないか」と叫んだのに、「何が無礼か、答弁できないのか君は」とやり返し、吉田の「バカヤロウ」が飛び出して、いわゆる“バカヤロー解散”を引き起こす。
左右両社の統一に反対、35年の民社党結成で西尾末広と行動を共にした。
37年の党大会での初の公選で曽根益と争って書記長、42年西尾の後を受けて第2代党委員長に就任。
◆「西村栄一伝―激動の生涯」中村菊男、高橋正則/編著
岡沢完治 岳父/衆議院議員(民社党)、大阪府議/大阪/
京都大学法学部/
陸軍士官学校を経て、京都大学を卒業。大阪府議当選2回、弁護士、税理士、民社党中央執行委員、青年学生対策委員長、政策審議会副会長、衆議院法務委員会理事、大蔵委員、文教委員を歴任。
全国指定自動車教習所協会副会長となる。
米、ソ、英、仏、独、北・東欧諸国、インド、フィリピン、オーストラリア等、二十数ヶ国を6回にわたり視察す。
当選2回。昭和47年6月27日死去。
西村章三 衆議院議員、大阪府議/西村栄一の甥/大阪/
立命館大学法学部/
西村栄一の秘書を15年務めたあと、大阪府議1期を経て、昭和51年、民社党から衆院議員に当選。
平成2年落選。8年、新進党の比例四国ブロックより返り咲き。
10年1月自由党に参加。通算6期務めた。12年引退。
西村眞悟 衆議院議員、弁護士/大阪/
京都大学/
西村眞悟ホームページ
◆「真悟の憂国
誰が国を滅ぼすのか―靖国、憲法、謝罪外交
ほか






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●参考文献
新訂 政治家人名事典 明治〜昭和」日外アソシエーツ
20世紀日本人名事典」日外アソシエーツ
「芸能人物事典 明治大正昭和」日外アソシエーツ
「政界・官庁人事録」
「タカラヅカ 華麗な舞台とスターを育てた70年」別冊一億人の昭和史





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