| ●町村信孝家系図 |
| 町村金弥 |
祖父/畜産家、北海道酪農の基礎を築いた先駆者/福井県武生生まれ/
札幌農学校(現・北海道大学)/
明治10年工部大学校から札幌農学校2期生に転じる。
同期には宮部金吾、新渡戸稲造、内村鑑三、南鷹次郎らがいた。
開拓使に入り、真駒内牧牛場を担当、エドウィン・ダンの指導のもとで欧米式大農場の経営法を身につける。
22年から華族組合農場などの指導にあたり、さらに、34年陸軍省専任技師として馬の大牧場の土地選定や施設づくりに協力、馬産地の基礎を作ったほか、岩手県や福島県の種馬牧場の経営に貢献した。
多くの農場や大牧場の開設と経営に参加、また、北海道酪農界を代表する宇都宮仙太郎や町村敬貴(長男)を養成した。 |
町村敬貴
(けいき/よしたか) |
伯父/町村農場代表、参議院議員、貴族院議員/
札幌農学校/
明治39年札幌農学校卒業後、単身渡米して10年間にわたって酪農業を学んだ。
大正2年ウィスコンシン州立農科大学を卒業、5年に石狩町で酪農業を始め、昭和2年には江別に移転して50町歩の農・牧場を経営した。
ホルスタイン種の乳牛の繁殖を奨励し、乳牛飼育に適する牧草を収穫するための土地改良と草地酪農を奨励するなど、北海道の酪農へ与えた影響は大きい。
昭和20年に勅選貴族院議員、22年には参院議員として国政に参画したが、酪農業の学識経験者として北海道開発審議会の特別委員も務めた。
15年に土地改良の功労者として北海道長官表彰を受けて以来、受賞は数多いが戦後は42年に北海道文化賞、44年には第1回の北海道開発功労賞を受賞した。
江別市名誉市民。
◆町村敬貴
「北海道牛づくり百二十五年―町村敬貴と町村農場 」 |
| 町村金五 |
父/参議院議員(自民党)、衆議院議員、自治相、北海道知事、警視総監/
東京帝大法学部政治学科/
大正13年内務省入省。富山・新潟両県知事を経て太平洋戦争敗戦直前に44歳で警視総監に就任。
東京都次長などを経て、昭和27年以来、衆院議員に4選。
34年、北海道知事に自民党公認で当選。初めて保守道政を確立し、3期12年務め行政手腕を発揮。
国家予算を投入する大規模な北海道開発を推進した。
青函トンネル、石狩湾新港、苫小牧基地など実現への道を開いた功績は大きい。
46年から参院議員となり、第2次田中改造内閣の自治相兼国家公安委員長を務めた。58年引退。
◆町村金五 |
| 町村信孝 |
衆議院議員、通産官僚/町村金五次男・末っ子/
東京大学/
■町村信孝オフィシャルホームページ
◆町村信孝
「保守の論理 「凛として美しい日本」をつくる 」
「21世紀を担う若き政治家たち 」木下厚 |
原文兵衛
(ぶんべえ) |
参議院議長・議員(自民党)、警視総監/
東京帝大法学部/
昭和11年内務省入省。神奈川県警本部長、警察庁保安局長、警視庁警務部長を経て、36年警視総監に就任。
その後、40〜45年公害防止事業団理事長を務め、46年以来参院議員に東京選挙区から4選。
この間、56年に鈴木改造内閣で環境庁長官、60年参院選挙制度特別委員長を務めた。
平成4年参院議長に就任。同年日本ナショナル・トラスト協会会長。7年政界引退。旧三塚派。
同年8月元従軍慰安婦のための補償を行う任意団体・女性のためのアジア平和国民基金理事長。
◆原 文兵衛
「元警視総監の体験的昭和史 」 |
| 中川雅治 |
参議院議員、環境省事務次官、大蔵官僚/
東京大学/
■参議院議員 中川雅治 環境と経済の統合
◆中川雅治
「環境立国への道 」 |
| 桑田熊蔵 |
経済学者・社会政策学者、法学博士、中央大学教授、貴族院議員/
■関連:系図でみる近現代 第34回
◆「欧洲戦後の社会運動」 |
亀山孝一
(こういち) |
衆議院議員(自民党)/
東京帝国大学法学部独法科/
昭和30年衆院議員に初当選以来通算6期務めた。
裁判官弾劾裁判所裁判員、日本環境衛生工業会会長、自民党代議士会副会長、衆院地方行政委員長、建設委員長などを務めた他、福島県知事、厚生省衛生局長、勤労局長、(財)厚生団理事長等を務めた。 |
| 山本悟 |
宮内庁侍従長/
東京大学/
昭和23年総理府に入る。41年自治省選挙課長、43年徳島県副知事、46年自治省選挙部長、48年官房長、51年行政局長、52年財政局長、53年宮内庁次長を経て、63年4月侍従長に就任。平成8年退官。 |