
| ●石破茂家系図 |
| 石破二朗 |
父/参議院議員(自民党)、自治相、鳥取県知事、内務官僚、建設事務次官/
東京帝大法律学科/父・石破市造は村長/
昭和7年内務省入省、厚生事務官や陸軍司政官を経て、昭和25年建設省に入り、30年事務次官。
33年鳥取県知事に当選、以後4期15年余にわたって“石破県政”を築いた。
49年に当時の田中角栄首相の懇請で参院選に出馬して当選2回。
55年鈴木善幸内閣の自治相となるが、同年暮れにすい臓結石の手術を受け辞任。
◆石破二朗 |
石破茂
(いしば) |
衆議院議員(自民党)/
慶応大学/
■石破しげる OFFICIAL SITE
◆石破茂
「自民党の底力 」小泉純一郎、石破茂、ほか
「国防 」
「軍事を知らずして平和を語るな 」 |
金森通倫
(つうりん/みちとも) |
牧師、神学者/本名・金森正訓/
妻の小寿(こひさ)は神戸女学院の第一期生で、山陽女学校の創立者のひとり/
「熊本バンド」のひとりで、先頭を切って同志社英学校に入学。
明治9年12月3日に新島襄から受洗する。
同志社卒業後、岡山教会牧師、同志社神学科教授、校長などを歴任して明治23年退職。
番町教会牧師となって、24年「日本現今之基督教並ニ将来之基督教」を刊行するが、1年たらずで番町教会を去り、その後自由党、三井鉱山、東京米穀取引所に関係し、33年から大正3年にかけて内務省、大蔵省の嘱託となる。
のち救世軍に入って伝道活動を続けた。
■参照:金森通倫(歴史が眠る多磨霊園)
◆「同志社山脈―113人のプロフィール 」同志社山脈編集委員会/編 |
| 金森太郎 |
内務官僚/
■参照:金森太郎 |
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