近現代・系図ワールド
政治家系大事典

スマホ等でご覧の場合、「下に送る、拡大・縮小する」等は、系図外の部分をなぞって下さい。

スポンサーリンク

麻生太郎 系図 (※転載禁止)


[系図1]


[系図2]

そらのる 1210追加

●麻生太郎家系図
大久保利通
大久保利通
明治の元勲/内務卿/
明治11年、志半ばにして赤坂紀尾井坂で暗殺さる。
大久保利通|近代日本人の肖像
大久保利通
三島通庸(みちつね)
三島通庸
警視総監、内務省土木局長、各県令を歴任/子爵/薩摩出身/
三島通庸|近代日本人の肖像
山を貫く」もりたなるお/著
「土着の反権力闘争と民乱 共同体の復権を求めて」川合貞吉/著
牧野伸顕
牧野伸顕
大久保利通次男/親戚で薩摩藩士の牧野家を継ぐ/外交官・内大臣、伯爵/
閣僚を歴任、明治・大正・昭和の政治・外交・宮中などに深く関わった。
第一次大戦後のパリ講和会議次席全権
牧野伸顕
回顧録〈上巻〉」「回顧録〈下巻〉
牧野伸顕日記
参照:大久保・牧野家系図
加納久宜(ひさよし)
加納久宜
鹿児島県知事/旧上総一宮藩主家/子爵
加納久宜―鹿児島を蘇らせた男
麻生太吉(たきち)
麻生太吉
曽祖父/麻生商店社長、九州水力電気社長、衆議院議員、貴族院議員/
若くして立岩村戸長などに推され、明治5年、父・賀郎とともに石炭採掘に従事。
13年炭坑事業を始め、17年鯰田炭坑を経営、麻生商店を創設して、忠隈坑、木洞坑も増設し社長に就任。
しかし、恐慌と災害、資本不足で炭坑を売却、独自の販売機関を設けて苦境を乗り切り、“石炭王”と呼ばれ、石炭鉱業連盟会長に推された。
また、41年には嘉穂電燈会社、九州水力電気を創設し社長となり、九州財界に重きをなした。
32年には、衆議院議員に当選、44年と大正7年、貴族院議員を務めた。
■「麻生の歴史」(麻生グループ
麻生太郎(先代) 祖父/麻生商店取締役/太吉三男、孫(麻生太郎首相)と同名/妻・夏子は加納久宜八女/
長兄は病弱、次兄は留学先のアメリカで病死。
遊学をせず、自宅に教師を招くほど、気の遣われようだったが、32歳で急逝。
麻生太賀吉(たかきち)
麻生太賀吉
父/衆議院議員(自由党)、麻生セメント会長、実業家/
福岡中、九州帝大法文学部聴講生/
九州の炭鉱王の家に生れる。昭和8年、麻生商店に入り、9年社長。
その後、麻生鉱業社長、麻生セメント社長、九州電力会長を歴任し
吉田茂首相の三女・和子(大正4年生)と結婚。
24年以来3期の衆院議員時代には政界と財界のパイプ役を務めたが、吉田首相退陣とともに政界と縁を切った。
40年には日本石炭協会会長に就任、また日本クレー射撃協会会長を務めたこともある。
三女・信子は55年11月三笠宮家の長男寛仁親王と結婚、皇族入りした。
麻生和子(妻)/著「父 吉田茂
麻生太郎
麻生太郎
衆議院議員(自民党)、首相・財務相・外相、日本青年会議所会頭、麻生セメント社長(1973~1979年)/
麻生太賀吉長男/次弟(太賀吉二男)麻生次郎は昭和39年、学習院大学在学中、三浦半島沖で起きたヨット事故で遭難、死亡。/
妻・千賀子は鈴木善幸の娘。一男一女をもうける。
長女は東大文学部で美術について学び、在学中、東大ファッションショーにモデルとして参加。
卒業後はイギリスの大学に留学。世界的に美術品などのオークションを行う会社に勤務の後、知り合ったフランス人の“実業家の卵”と、2014年結婚。/
学習院大学政治学部政治学科卒、スタンフォード大学大学院、ロンドン大学大学院修了/
欧米に留学し、昭和41年麻生セメント副社長、48年社長に就任。
日本青年会議所の副会頭、会頭などを歴任して、54年衆院議員に当選。
昭和58年鈴木善幸元首相の三女・千賀子と結婚。福岡・麻生財閥の当主。
また、クレー射撃を得意とし、48年メキシコでの国際射撃大会で優勝、51年モントリオールオリンピックにも出場した。
麻生太郎オフィシャルサイト
麻生太郎
麻生太郎の原点祖父・吉田茂の流儀
とてつもない日本
自由と繁栄の弧
麻生泰(ゆたか) 麻生グループ代表、麻生会長(2010年~)・社長(1979~2010年)/麻生太賀吉三男/
妻・和子は武見太郎次女/
飯塚再開発を柱に、ニュービジネスへの構造転換を推進。
麻生泰のメッセージ麻生グループ
九州の社長 」日本経済新聞社/編
麻生巌 麻生社長(2010年~)、ドワンゴ取締役/麻生泰長男
野田勢次郎 麻生鉱業専務、/姉・榮は和歌山県人・那須藤十郎の妻/
妻・八重子は麻生太郎(先代)の妻・夏子の姉(加納子爵家)/
明治39年、東京帝大理科大学地質学科を卒業し、農商務省技師に任ぜられ、鉱山局地質調査所に勤務。のち久原鉱業に転じ調査課長。東京帝大工学部講師も兼ねた。
麻生太郎(先代)大正8年急逝で、麻生太吉の懇請により、1年半後、麻生商店に入社。
野田健三郎 九州大学工学部教授/妻・ツヤ子は麻生太賀吉の妹/
那須家より野田家に養子入り
那須辰造
那須辰造
1904~1975/児童文学作家、実践女子大教授/野田健三郎実弟
野田昌宏 SF作家、翻訳家、フジテレビプロデューサー/本名・野田宏一郎/
「ひらけ!ポンキッキ」などの人気番組を世に送り出したテレビマンにして、SF作家・翻訳家の顔も持つ多能の人物。
軽いエッセーから宇宙開発評論まで様々な文章を書き分けた。
「銀河乞食軍団」シリーズなどの著作があり、SFファンの間では「宇宙軍大元帥」の愛称で親しまれた。
日本でSFがほとんど認知されていなかった1950年代に創刊した同人誌「宇宙塵」に参加。
後の「スター・ウォーズ」の翻訳など広く知られる仕事も含め、多くの人をSFに引きつける役割を果たした。
平成20年6月6日没、74歳。
野田昌宏
野田宏一郎
菊池大麓
菊池大麓
東京帝大総長、貴族院議員/男爵
関連:「系図でみる近現代 第3回
菊池正士
菊池正士
物理学者、東京理科大学長、大阪帝大教授、日本原子力研究所理事長/菊池大麓四男
次女・克子の夫・野田玲二郎は野田昌宏の弟
鈴木善幸
鈴木善幸
衆議院議員(自民党)、首相/
鈴木善幸
鈴木俊一
鈴木俊一
衆議院議員(自民党)
鈴木俊一ホームページ
尾崎行雄
尾崎行雄
“憲政の神様”/文相、東京市長、司法相/
明治23年から昭和27年まで衆院議員連続当選25回、代議士生活63年。
咢堂尾崎行雄
相馬雪香(ゆきか) 難民を助ける会会長/
相馬雪香
心の開国を―相馬雪香の90年」西島大美/著
相馬恵胤 旧磐城中村藩主家/子爵
相馬和胤 ミングオブジャパン社長
秋月種英 旧日向高鍋藩主家/子爵
武見太郎
武見太郎
日本医師会会長/妻・英子は子爵・秋月種英の次女。吉田茂の妻・雪子の姪にあたる/
三男二女をもうけるも、長男は幼少の頃、病気で早世。上二人が娘。医師は誰も継がず/
武見太郎
猛医 武見太郎」三輪和雄/著
武見錠二 グランビスタ ホテル&リゾート(旧・三井観光開発)、札幌グランドホテル総支配人/
妻・はと子は江崎真澄長女(6人きょうだい中、ただ一人の女性)
武見敬三 参議院議員(自民党)、東海大学教授、キャスター/
妻・武見由美子は東京芸大卒のピアニスト。父・小泉英信は北海道瓦斯社長、祖父は大審院判事。
武見敬三オフィシャルウェブサイト
江崎真澄
江崎真澄
1915~1996/衆議院議員(自民党)、防衛庁長官、自治相、通産相/
日本大学経済学部卒/
関連:江崎真澄系図
江崎真澄
江崎鉄磨 衆議院議員(自民党)/
江崎てつまオフィシャルホームページ
江崎洋一郎 衆議院議員(自民党)/鉄磨の異母弟
荒船清彦 外務官僚・外交官
三笠宮崇仁
三笠宮崇仁
大正天皇第四皇子、昭和天皇末弟/昭和10年成年にともない、三笠宮家創立/
妃・百合子は高木正得(まさなり)子爵の娘/
陸軍に入り終戦時、支那派遣軍参謀・騎兵少佐/
戦後は東大文学部で研究生としてヘブライ史の研究に従事。
古代オリエント学者として各大学の教壇にも立ち「宮さま講師」と呼ばれたことも。
日本オリエント学会名誉会長等
三笠宮崇仁
三笠宮寛仁
三笠宮寛仁
“ヒゲの殿下”/妃・信子は吉田茂の孫娘/(福)友愛十字会総裁等
学習院大学法学部卒業後、英オックスフォード大学に二年間留学。
帰国後、札幌オリンピック冬季大会組織委員会事務局に主事として勤務。
80年結婚。82年春に、突然「皇籍離脱宣言」をして話題をまいたことがあるが、その後、立ち消えとなり、以後は積極的に皇室活動を展開。
ラジオのDJや雑誌の対談に出るなど、なじみ深い。
「トモさんのえげれす留学」「皇族のひとりごと」などの著書もある。
三笠宮寛仁
竹内綱
竹内綱
衆議院議員、竹内鉱業社長、京釜鉄道常務、土佐自由党志士/吉田茂実父
吉田健三 貿易商/吉田茂養父/
福井藩士・渡辺謙七の五男に生まれ、同族の吉田家を継ぐ。
吉田茂
吉田茂
首相、衆議院議員、外交官/妻は牧野伸顕の娘・雪子(大久保利通孫娘)/
雪子との間に、二男三女をもうける。二女・江子は生後18ヶ月で早世。
長女・桜子、長男・健一、三女・和子、次男・正男/
戦後日本の復興に尽力し、方向を決定付ける。
吉田茂
吉田寛 外交官/吉田茂長女・桜子(明治43年生)の夫/
いとこに岸信介・佐藤栄作兄弟/
昭和15年病死。妻・桜子とは、わずか9年間の結婚生活だった。
関連系図:系図でみる近現代 第7回 [系図1]
吉田健一
吉田健一
評論家、英文学者、小説家/吉田茂長男。明治45年生/
妻・信子との間に一男一女/
『長男・健一は英米文学者として父とはまったく違った道を歩き、すぐれた文明批評家、エッセイストとして一家をなした。
外交官である父の任地にしたがって、イギリス、フランスで生活し、ケンブリッジ大学で学んだことが素養となっている。(「閨閥―特権階級の盛衰の系譜」)』
「日本について」で新潮社文学賞、「ヨオロッパの世紀末」で野間文芸賞など受賞。
吉田健一
吉田健一 生誕100年 最後の文士
吉田健介 物理学者、ローマ大学教授/吉田健一長男/妻はイタリア人/
『「成績はつねにトップ。ガリ勉タイプには見えないんだが、よく勉強しているんですよ。
実に緻密な頭の持ち主でね。東大にはストレートで入りましたが、1年だけで、すぐケンブリッジに留学しました。とにかく、意欲的でしたよ」(暁星中学・高校恩師・竹下一郎)
ここで物理学を専攻。優秀な成績で卒業すると、同大学付属研究所入り。
五年ほど前からイタリアに渡った。新進気鋭の物理学者として--。専門は素粒子。
昨年まではナポリ大学のインスティチュート・デ・フィジカ・テオリカ、今年からはサレルノ大学で物理学を教えているが、ここでは教壇に立つかたわら、好きな研究が出来るというのも魅力のようである。(中略)
「二年ごしの熱烈な恋愛」(某在留邦人)ののち、この三月、イタリア娘のガブリエラ・イニルチ嬢と結婚したのである。何でも土地の旧家の“箱入り娘”とか。どこでどう知り合ったのか、そこらについては、ご本人、明かしていないのだが、娘さんの家のほうでは、健介さんが「どこの馬の骨か」最初は調べようがなく、往生したらしい
(週刊新潮 昭和49年6/13号 [結婚/イタリア娘と結ばれた吉田茂の孫]より)』
吉田暁子(あきこ) 翻訳家/吉田健一長女。健介の妹/
平成23年、祖父母(茂・雪子)の墓を青山霊園より、吉田家初代・健三ゆかりの横浜市久保山へ移転した。
[横浜吉上山光明寺(浄土宗)は、吉田健三が、友人の上郎(こうろう)幸八と共に開墓した]
以下、「文藝春秋 2011年 06月号」 [墓の引越し/吉田暁子]より、抜粋及び、( )内は加筆。
『(墓の)引越しは、祖父(吉田茂)がその二代目である吉田家の都合である。
墓所の名義人という資格は祖父から父(健一)へ、父から母(信子)へ、そして兄(健介)がずっと外国暮しだったため、母から私(暁子)へと引き継がれた。
私は独身だったから、私のあとの墓所の引き継ぎが頭から離れたことはなかった。
吉田の血が絶えたわけではなく、亡兄はローマ大学の物理の教授で、妻はイタリア人で娘が一人居る。しかしこの娘はイタリア人と結婚して、
二歳の娘もいるが、未だに日本語が喋れない。
父(健一)には子供のいない姉(桜子)と、子供のいる妹(和子)と弟(正男)がいたが、この姉弟は皆カトリックで、私にとっての従兄弟姉妹達も皆カトリックだ。
つまり、神道の家から浄土宗の吉田家へ嫁いだ私の祖母(雪子)が、
上の方の子供達がかなり成長してからカトリックに帰依して、父以外の子供達が皆それに倣ったのである。(きょうだいでは、父・吉田健一のみ浄土宗のまま)
(中略)
私も吉田の従弟達も、健三から数えて四代目である。
養子(茂)に劣らず優れた人間だった吉田家の初代を、四代目で忘れるのは勿体ないというか、美しくないというか。
信仰について家に縛られることはないが、祖父も父も、ともかく浄土宗徒だったのだから、吉田本家の、つまり浄土宗徒の流れの祀(まつ)りは、初代健三の今に残る、いわばただ一つの事績であるお寺にお願いするのが良いと、(中略)
吉田家発祥の地、横浜に移すことにしたのだ。』
吉田暁子
我が妻バルドー、ドヌーブ、J・フォンダ」ロジェ・ヴァディム、翻訳・吉田暁子
吉田正男 学習院大学教授/吉田茂次男。大正6年生/
妻・久子との間に四男一女/
『二男・正男は、戦後、アメリカ留学後、日本学術会議調査課長、東北大学助教授、学習院大学教授などを歴任し学者の道を選んだ。(「閨閥―特権階級の盛衰の系譜」)』
「人事興信録 第30版(昭和54年)」によれば、
当時、『石川島播磨重工業技術開発室原子力船開発部長/
東北大工学部機械学科を卒業 石川島播磨重工に入り海外工事部次長を経て昭和47年10月同部長 同49年6月工事管理部海外グループ部長 同年12月スタッフグループ部長 同50年10月現職に就任す』となっている。
(肩書き・役職の「元・前」は基本的に省略|人物解説リンクコトバンク/amazon[名前で検索])





カスタム検索




スポンサーリンク

政治家系大事典
あ行 か行 さ行 た行
な行 は行 ま行 や行
ら行 わ行 系図でみる近現代
近現代・系図ワールド
華族一覧
TVドラマ相関図
タカラヅカ人脈
「ザ・ベストテン」4要素大研究
夢・感動コム!
オリックス・バファローズ
BsGirls(ビーズガールズ)

スポンサーリンク

内容は基本的に書籍、新聞・雑誌等の文献、ネット上の新聞社・出版社、人物に関する公式サイト等、TV番組なども、参考に描いております。また、家系図に登場される方からの情報の場合もあります。


人物解説リンクは正式・正統な人物事典であるコトバンクにリンクを貼っています。



文章および画像の盗用(家系図のコピペ等)は、明確な著作権違反です。無断転載、一切、お断りいたします。


当サイト・ページのウィキペディアへの掲載は、一切、お断りいたします。

当サイトは著作権法に基づき、robots.txtで、日本系・外国系を問わず、ウェブ魚拓を拒否しております。


2014(平成26)年に最終改訂されている著作権法第七章第四条の四で、『robots.txtで情報の収集を拒否するページの情報収集の禁止』が定められています。
すなわち、ウェブ魚拓を取った者は、著作権侵害者になります。ご注意下さい。


ご理解の程、よろしくお願いいたします。





 

●参考文献
豪閥―地方豪族のネットワーク」佐藤朝泰
閨閥―日本のニュー・エスタブリッシュメント」佐藤朝泰
閨閥―特権階級の盛衰の系譜」神一行
新訂 政治家人名事典 明治~昭和」日外アソシエーツ
政界・官庁人事録
「麻生百年史」
日本のリーダー〈14〉新生日本の立役者
文藝春秋 2011年 06月号
事典がのせない日本史有名人の父たち 別冊歴史読本 (51)」新人物往来社
日経新聞
日本紳士録
人事興信録
週刊新潮 [結婚] [結婚記念日]
週刊文春


●参考HP
吉田茂系図
ASO GROUP(麻生グループ)

●花本さまより追加情報をいただきました。