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三島由紀夫 系図 (※転載禁止)



そらのる 1210追加

●三島由紀夫家系図
平岡太吉 地主・農業
平岡萬次郎
平岡萬次郎
衆議院議員(憲政本党)、弁護士/明治法律学校卒/
妻・ひさは桜井敬三次女(明石松平藩家老桜井の孫娘)/
『弁護士となり、石川県専門学校講師、「裁判粋誌」編集員を務める。
明治31年から衆院議員に連続4回選出された。
(「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」日外アソシエーツ)』
平岡萬寿彦(ますひこ) 洋信不動産社長、東洋信託銀行常務/
三和銀行支店長を歴任後、昭和34年10月、東洋信託銀行設立と同時に取締役営業部長に就任。40年常務、43年退任。
平岡定太郎(ていたろう) 内務官僚、樺太庁長官、福島県知事/太吉二男。兄に平岡万次郎
平岡梓 農林官僚(水産局長/旧・農商務官僚)、日本瓦斯用木炭会社社長、国策パルプ専務/
定太郎・夏子の一人息子/
東京帝大法学部卒。農林省退職後は、ガス用木炭メーカーの取締役、戦後の約20年間は、日魯漁業、日綿実業などの会社顧問を務めた。
伜・三島由紀夫
伜・三島由紀夫―没後
平岡倭文重(しずえ) 三島由紀夫の母/
3人の子(男2人、女1人)の母。第2子・美津子(三島由紀夫の妹)は聖心女子学院在学中、終戦直後にチフスにより、17歳で没/
実家の橋家は代々加賀前田家の漢学者の家柄で、文学少女として育った。
のちに、家庭裁判所の調停委員などを務めた。
三島由紀夫
三島由紀夫
1925~1970/作家、盾の会隊長、大蔵官僚(昭和22~23年)/本名・平岡公威/
学習院初等科、中等科、高等科を経て東京帝大法学部卒/
昭和45年11月25日、市ヶ谷の陸上自衛隊駐屯地に乱入。
決起を呼びかけるも、聞き入れられず、東部方面総監部で割腹自決を遂げた。/
長女・紀子は学習院大学を卒業後、映画・演劇のプロデューサーをした後、平成2年外務官僚と結婚。
長男・威一郎は開成中に進学後、アメリカに留学。帰国後は一時映画関係の仕事に就いたが、昭和63年に、銀座八丁目に宝飾店「アウローラ」を開店した。
三島由紀夫
三島由紀夫の家」(「普及版」)篠山紀信 篠田達美
平岡瑤子 三島由紀夫(平岡公威)の妻/杉山寧長女/
日本女子大在学中の昭和33年、見合結婚した。(媒酌人・川端康成)
冨田浩司 外務官僚(外交官)/妻・紀子は三島由紀夫長女
危機の指導者チャーチル
平岡千之(ちゆき) 赤坂迎賓館館長、外務官僚(外交官/ポルトガル大使、モロッコ大使)/
三島由紀夫の弟。妻・夏美は近藤晋一長女/
浦和高、東大と一緒だった秋山康男によれば、
「外交官になったのも、国内では兄貴が有名だから、自分は世界で、ということがあったようです」
いとこの橋尚男によれば、(三島由紀夫割腹自決に関して)
「後に母親はわかっていたといってますし、家族はある程度覚悟していたと思う。
彼(千之)にとっても青天の霹靂ではなかったでしょう。その後は世間に詫びるでも、凄いことだと誇るでもなく、ひっそりと身を潜めていた。論評も批判も聞いたことがない」
(週刊新潮 H8.1.25号 [墓碑銘]より)
橋健三 東京開成中学校長/次女・倭文重は三島由紀夫の母/
杉山寧
杉山寧
日本画家/長女・瑤子は三島由紀夫の妻/次女の夫は、山口達男[ラテン・アメリカ協会理事長、外務官僚(外交官/スペイン大使、シンガポール大使)]
杉山晋 ユニメックス社長/杉山寧次男。平岡瑤子の弟/
妻・真紀子は谷口吉郎二女
谷口吉郎
谷口吉郎
東工大教授、建築家、博物館明治村館長/
納屋嘉治 淡交社社長/実兄は千玄室(茶道裏千家第15代家元・千宗室)/
長女・利美の夫は永谷栄一郎(永谷園会長)
永谷嘉男 永谷園創業者・名誉会長/
昭和25年戦災により閉業中の永谷園本舗(現・永谷園)を再開。28年株式会社に改組し社長。
平成2年会長、8年名誉会長。17年死去。
関連:片岡仁左衛門系図
永谷栄一郎 永谷園会長/永谷嘉男長男/弟・永谷泰次郎は永谷園社長/
妻・利美は納屋嘉治長女
竹中藤右衛門(とうえもん) 竹中工務店社長・会長、貴族院議員(昭和21~22年)
近藤晋一 外務官僚(外交官/カナダ大使)、外務審議官/
長女・夏美は平岡千之の妻、二女・久美は斎木俊男の妻
斎木俊男 外務官僚(外交官/ギリシア大使)、鈴鹿国際大学教授/
ギリシア歴史の旅―現代から過去へ
続・ギリシア歴史の旅
松平頼位(よりたか)
松平頼位
第8代・10代常陸宍戸藩主
永井尚志
永井尚志
幕臣、若年寄、元老院大書記官(維新後)/
永井岩之丞(いわのじょう)
永井岩之丞
1845~1907/大審院判事/旧姓・三好/
『幕臣・三好山城守の子に生まれ、永井玄蕃頭(尚志)の養子となる。
戊辰戦争の際は幕臣の養父と共に江戸から脱し箱館の五稜郭に立て篭もった。
維新後、明治6年司法省に入り、水戸始審裁判所判事長、東京控訴裁判所判事を経て、27年大審院判事となる。36年退職した。
(「明治大正人物事典 Ⅰ政治・軍事・産業篇」日外アソシエーツ)』
永井高 永井岩之丞の妻。夫の間に12人の子をもうける/旧名・鷹/次兄・松平頼安は子爵/
大名・松平頼位と側室(新門辰五郎の姪)との間の子/
長兄の第9代常陸宍戸藩主・松平頼徳は、水戸藩支藩の立場から水戸家の名代として天狗党の乱の鎮撫に出かけた際、逆に筑波勢に擁せられて幕府軍や水戸諸生党と交戦、その所業を責められて切腹を命ぜられた。
三好晋六郎
三好晋六郎
造船学者、帝大工科大学(現・東大工学部)教授/永井岩之丞の弟
永井壮吉 上野東照宮宮司、海軍中佐/岩之丞長男
岡田五郎
岡田五郎
衆議院議員(3期)、日本鉄道車輌工業協会理事長、鉄道官僚/
妻・多喜子は永井壮吉長女
永井亨
永井亨
人口問題研究会理事長、専修大教授、鉄道省経理局長、農商務官僚/岩之丞二男
岡田修一 ジャパンライン社長、衆議院議員(1期)、運輸省海運局長、逓信官僚/
岡田五郎の弟。妻・久子は永井亨二女。岡田兄弟の妻同士は従姉妹
大屋敦
大屋敦
住友本社理事、日銀政策委員、逓信官僚/大屋家に養子入り/
永井岩之丞五男。同じ父母の下、12人きょうだいの第6子(上に男4人・女1人、下に男1人・女5人)。
京都三高の学生であった弟はスペイン風邪で急逝。他11人、男及び女の夫は皆、帝大卒。
[壮吉、夏子、亨、永井啓(第一銀行監査役)、永井繁(大蔵省造幣局長)、大屋敦、鐘、愛(夫・豊沢弥二)、順、清子(夫・田中千吉/大連市長)、文子(夫・渡辺隣二/医学博士)]
磯崎清吉(せいきち) 1877~1953/海軍造船中将/妻・鐘は永井岩之丞二女(第7子)/
『明治29年徳島中学校(城南高校)を卒業し、山口高等学校(山口大学)を経て海軍委託学生となり東京帝国大学工科大学造船科に入り、卒業とともに海軍造船技術中尉に任官。
呉・横須賀海軍工廠等に勤務し、昇進して海軍造船少将に補せられ
横須賀海軍工廠造船部長となる。
昭和16年ごろ母校の東京帝国大学で教授となったが、工廠に復帰し、大正6年に戦艦陸奥の設計主任をつとめ大正10年に3万3800トン、速力26ノット、4万5000馬力、40センチ主砲8門、副砲20門、高角砲4門、発射管8門を装備した当時最大最強の戦艦を完成させた。
同2年12月、海軍造船中将となり翌3年、待命となった。
広島鉄道管理局長を務めた実弟の官舎に仮住まい中に没した。享年76。
(「徳島県人名事典 付)県歴史人物鑑」徳島新聞社)』
磯崎叡(さとし)
磯崎叡
国鉄総裁、サンシャインシティ相談役、鉄道官僚/平岡梓の母方従弟/
兄に磯崎勉(東急自動車社長・会長、鉄道官僚)、妹・澄子(清吉三女)の夫は西村健次郎[日本冷蔵副社長、農林官僚(事務次官)]
横山英太郎
横山英太郎
電波物理研究所長/
妻・順は永井岩之丞四女(「第9版人事興信録・昭和6年」)/
(妻の名は「資料 三島由紀夫」等の系図では千恵となっているが、磯崎叡の「私の履歴書」では、『中学は横須賀からは通えないので、母の妹順子の嫁ぎ先の横山英太郎という叔父の家から通った。』)
伊部恭之助 住友銀行頭取/妻・喜美は横山英太郎長女
「私の履歴書 経済人 34」
(肩書き・役職の「元・前」は基本的に省略|人物解説リンク:コトバンク/amazon[名前で検索])





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●参考文献
私の履歴書 経済人 7」 [大屋敦]
「私の履歴書 経済人 27」 [磯崎叡]
三島由紀夫事典」松本徹/編
資料 三島由紀夫」福島鋳郎
三島由紀夫文学の軌跡」越次倶子
三島由紀夫の生涯」安藤武
日本の財界と閨閥―“伝統と創造”に生きる企業人の素顔」大森映
徳島県人名事典 付)県歴史人物鑑」徳島新聞社
日本近現代人物履歴事典」秦郁彦/編
朝日 日本歴史人物事典」朝日新聞社
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