近現代・系図ワールド
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吉兆・湯木家系図





「吉兆」創業者・湯木貞一


高級料亭「吉兆」は、1930年、神戸の料理屋の跡取りだった湯木貞一が創業。
茶道などに造詣が深く、料理に茶懐石の手法などを用いて高い評価を受けた。
吉兆は79年と86年、東京サミットの料理担当にも選ばれ、世界的にも知られるようになった。
88年には、料理人としては初めて文化功労者に選出された。


一男四女に、のれん分け


貞一は、長女・照子、長男・敏夫、次女・準子、三女・佐知子、四女・義子をもうけた。

バブル崩壊後の91年、貞一の孫や娘婿(料理人)に、のれん分けしてそれぞれが別法人として独立した。
(孫は各2人ずつ、計10名で、そのうち料理人は数少ないが、京都吉兆・徳岡邦夫がマスコミ等で有名。)

5社による「吉兆グループ」は高級料亭には珍しい多店舗展開を実施。
中でも船場吉兆の積極的な事業展開は際立ち、洋風デザートや、
「高級料亭の味を家庭でも」のキャッチフレーズで、惣菜の販売にも乗り出していた。

人気の一方で、「売り上げ拡大に走りすぎて、品質や伝統を守れるのか」
との声もグループ内部から上がっていたという。


(※吉兆の「吉」は、正確には、下が長い「土」に「口」。)


■吉兆グループ
創業者・湯木貞一
本吉兆
(大阪市中央区)
葛g兆代表
湯木敏夫(長男/S8年生)

湯木潤治(孫/社長)
湯木康之(孫)
高麗橋本店
大丸梅田店
正月屋
くろよんロイヤルホテル店
ホテル阪急インターナショナル店
帝国ホテル大阪店
東京吉兆
(東京都中央区)
湯木照子(長女/S6年生)
湯木昭二朗(娘婿/社長)
湯木俊治(孫)
湯木義夫(孫)
東京本店銀座店
帝国ホテル店
西洋店
東京正月屋
歌舞伎座店
味吉兆
京都吉兆
(京都市右京区)
徳岡凖子(次女/S9年生)
徳岡孝二(娘婿/社長)
徳岡邦夫(孫)
杉井延子(孫)
京都本店嵐山店
リーガロイヤル店
花吉兆
京都グランヴィア店
松花堂店
名古屋店
船場吉兆
(大阪市中央区)
[2008年廃業]
湯木佐知子(三女/S12年生)
湯木正徳(娘婿/社長)
湯木喜久郎(孫)
湯木尚治(孫)
船場本店
心斎橋店
博多店
天神店
神戸吉兆
(大阪市北区)
湯木義子(四女/S18年生)
湯木喜和(娘婿/社長)
湯木晴子(孫)
奥野八重子(孫)
神戸本店リーガロイヤルホテル店(大阪・中之島)
神戸店
BBプラザ店



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●湯木家系図
湯木貞一
(ていいち)
吉兆創業者、料理研究家、湯木美術館館長/妻・きくは従妹/
神戸の料亭の一人息子に生まれ、15歳から板前修業に入る。
25歳の時、松江藩主・松平治郷(不昧/ふまい)著「茶会記」を読んで感激、昭和4年30歳で独立、翌5年「吉兆」を設立した。
14年に株式会社に改組、社長に就任。大阪の本店をはじめ東京、京都に支店を持つ。
“世界之名物 日本料理”をキャッチフレーズに、東京サミットなど国賓への日本料理を提供する料亭にまで育てあげ、茶人としても一家言を持っている。
62年大阪に茶懐石道具の湯木美術館を設立。63年料理界初の文化功労者となる。
著書に「吉兆」「吉兆味ばなし」(全4巻)などがある。
湯木貞一
吉兆 料理花伝」湯木貞一、辻静雄、入江泰吉
湯木敏夫 長男/(株)吉兆代表取締役/
妻・弘子は新潟の老舗料亭・行形亭(いきなりや)、行形松次良の長女/
(参照:「ask..U.com」)
湯木俊治
  (としじ)
孫/東京吉兆取締役、ホテル西洋銀座店店長/長女・照子の息子/
昭和29年大阪生まれ。52年慶應義塾大学経済学部卒業、(株)吉兆入社。高麗本店に配属。
祖父・貞一の薫陶を受け、料理修業に励む。58年東京・帝国ホテル店の開業に尽力し、店長を務める。
◆「吉兆の家庭ふう料理―春夏・秋冬
「暮しの手帖」別冊「ご馳走の手帖」に14年間連載してきた四季折々の恵みをもりこんだ渾身の料理230種を、美しいカラー写真と解説で紹介。
徳岡邦夫 孫/京都吉兆専務、嵐山本店総料理長/二女・準子の息子、妻は理津子/
父は大津市坂本の老舗蕎麦屋、「鶴喜そば」当主の長男、上延多万喜。慶大を卒業し、貞一が「将来、吉兆の経営を任せたい」と見込んだ人材だったが、昭和37年夭折/
中学卒業までは、「上延」姓を名乗る。
祖父・貞一と、「吉兆」という名の伝統の重みを守り続けながらも、様々な食材を京料理に取り入れるなど、独自の境地を開く。
■「京都吉兆三代目 徳岡邦夫のブログ
真実の料理人」TBS(2007年)
プロフェッショナル」NHK(2006年)
情熱大陸」MBS(2002年)
徳岡邦夫
嵐山吉兆冬の食卓



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(※間違い等ありましたら、ご指摘いただければ幸いです。)

●参考文献
日経新聞 07年11/16
吉兆 湯木貞一のゆめ」湯木美術館
20世紀日本人名事典」日外アソシエーツ
日本紳士録

●参考HP
京都吉兆




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