近現代・系図ワールド
華族~近代日本の名家~

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柳原白蓮(燁子) 系図 (※転載禁止)



[系図1]


西日本人物誌(20) 柳原白蓮
西日本人物誌(20) 柳原白蓮 (西日本人物誌 20)

[系図2 結婚]

そらのる 1210追加

●柳原白蓮家系図
伊達宗城
伊達宗城
伊予宇和島藩8代藩主
伊達宗城
伊達宗城(むねなり)」神川武利
池田慶政
池田慶政
備前岡山10代藩主
川村純義(すみよし)
川村純義
海軍大将、枢密顧問官/薩摩藩士/伯爵
関連系図
川村純義
川村純義・中牟田倉之助伝―明治海軍の創始者
柳原光愛(みつなる)
柳原光愛
権大納言
柳原前光(さきみつ)
柳原前光
元老院議長、枢密顧問官/生母は安靖(あんぜい)院/伯爵/
妻・初子は伊達宗城二女
柳原愛子(なるこ)
柳原愛子
典侍/大正天皇生母/柳原前光の妹
柳原義光 貴族院議員、日本教育生命保険・大正生命保険各社長/柳原白蓮の異母兄/伯爵/
先妻・銀子は池田慶政五女、後妻・花子は川村純義二女
柳原博光(ひろみつ) 海軍中将/大原重朝三男。旧姓名・大原義質/柳原家に婿養子入り/
妻・福子は柳原義光長女
大原重朝(しげとも)
大原重朝
貴族院議員/伯爵
吉井徳子(とくこ) 吉井勇の先妻。“不良華族事件”の中心人物/
柳原義光二女。柳原白蓮の姪
吉井勇
吉井勇
歌人/伯爵/
祖父・吉井友実(薩摩藩士、日本鉄道会社社長、宮内次官、枢密顧問官/伯爵)、
父・吉井幸蔵(海軍少佐、貴族院議員/伯爵)
吉井勇
吉井勇歌集―吉井勇自選
入江為守(ためもり)
入江為守
東宮侍従長、貴族院議員、歌人/入江相政(すけまさ)の父/子爵/
大正3年から昭和元年12月まで、東宮侍従長として皇太子だった昭和天皇に仕える。
妻・信子は柳原前光長女
入江相政(すけまさ)
入江相政
宮内庁侍従長、随筆家/入江為守三男
入江相政
入江相政日記〈第1巻〉
九条道孝
九条道孝
左大臣、掌典長/公爵
貞明皇后
貞明皇后
大正天皇皇后/九条節子(さだこ)/九条道孝四女
貞明皇后
国母の気品―貞明皇后の生涯」工藤美代子
九条良致(よしむね)
九条良致
横浜正金銀行員/九条道孝五男(明治17年8月生)、明治41年分家して男爵/九条武子の夫/
貞明皇后(明治17年6月生)の弟/
九条武子
九条武子
歌人、慈善事業家、西本願寺仏教婦人会会長/
大谷光尊二女。大谷光瑞(西本願寺22世法主)の妹/
関連:「系図でみる近現代 第40回
九条武子
九条武子―その生涯とあしあと」籠谷真智子
大谷光尊
大谷光尊
西本願寺21世法主/伯爵
大谷光尊
西本願寺第二十一代門主 明如上人抄―幕末明治期の仏教を救った男・大谷光尊」丹波元
新見正興(しんみ まさおき)
新見正興
1822~1869/幕臣、外国奉行/柳原白蓮母方祖父/
米艦ポーハタン号に乗り、幕府最初の遣米使節団(日米通商条約批准交換使節)代表を務めた。
しかし、維新の混乱で家は没落した。/
正妻との間に三人の娘をもうけた。妻は、徳川家祐筆・大久保彦左衛門の家系。
三人の娘のうち、長女は北海道へ嫁ぎ、あとの二人が、二女「ゑつ」と三女「りょう」。
病身の母を抱え、二人(奥津姓)は柳橋で芸妓となった。のち、三女・りょうが柳原白蓮生母となる。
柳原白蓮(びゃくれん)
柳原白蓮
1885~1967/歌人/本名・宮崎燁子(あきこ)、旧姓名・柳原燁子/大正天皇いとこ/
明治43年、東洋英和女学校卒。「赤毛のアン」翻訳者・村岡花子とは在学中より、“腹心の友”であった。/
養女に入った北小路家で、望まない結婚であった北小路資武と一男(功光)をもうけるが、離婚。
その後、東洋英和女学校を経て、筑豊の炭鉱王・伊藤伝右衛門と再婚。
“筑紫の女王”と呼ばれたが、大正10年、伊藤のもとを出奔し、
前代未聞の“女からの絶縁状”を新聞紙上に公開。
社会運動家・宮崎龍介との世紀の恋愛で話題を呼び、12年結婚。
一男(香織)一女(蕗苳/ふき)をもうける。
歌人としては、明治33年、佐佐木信綱の門に入り、大正4年「踏繪」を刊行。
以後「幻の華」「紫の海」「地平線」を刊行した他、詩集「几帳のかげ」、小説「荊棘の実」などを刊行。
昭和10年、歌誌「ことたま」を創刊して主宰。
戦後は息子・香織の戦死をきっかけに“国際悲母の会”を組織し、平和運動などに関係した。
柳原白蓮
白蓮自叙伝 荊棘の実
恋の華・白蓮事件」永畑道子
白蓮れんれん」林真理子
宮崎龍介
宮崎龍介
社会運動家、弁護士/東京帝大法学部法律学科卒/
大正9年に雑誌「解放」の主幹をしていた時、炭鉱王・伊藤伝右衛門の妻で歌人の柳原白蓮に会って熱愛、
駆け落ちまでして12年結婚した。白蓮が大正天皇の従妹であったため、
この事件(“白蓮事件”)は右翼の攻撃の的ともなって話題を投げた。
恋ひ歌―宮崎龍介と柳原白蓮」斉藤憐
宮崎蕗苳(ふき) 短歌結社「ことたま」、「滔天会」主宰。華道・山村御流教授、名誉華務職/1925年生/
柳原白蓮・宮崎龍介長女/光塩高等女学校(現・光塩女子学院)卒/
宮崎蕗苳
娘が語る白蓮
白蓮: 気高く、純粋に。時代を翔けた愛の生涯
宮崎滔天(とうてん)
宮崎滔天
革命家、評論家/本名・宮崎虎蔵、通称・宮崎寅蔵/
豪農の6人兄弟末っ子/
宮崎滔天
宮崎滔天: 万国共和の極楽をこの世に」榎本泰子
宮崎槌 宮崎滔天の妻。龍介の母/
前田案山子三女
前田案山子(かがし) 自由民権運動家/
前田家の人々【漱石・草枕の里】
前田案山子
猪熊慶歓 讃岐白鳥神社神主
北小路随光
(きたこうじ よりみつ)
神宮大宮司/子爵/
妻・久子は猪熊慶歓五女
北小路資武(すけたけ) 殿掌/柳原白蓮最初の夫/子爵
北小路功光(いさみつ)
北小路功光
子爵/柳原白蓮と北小路資武との間の子息/
妻・成子(しげこ)は4番目の妻で、元御家流香道皆伝・師範。水墨画に生き、短歌、糸竹の道を楽しむ/
『1901年東京に生まれる。東京帝国大学文学部中退。
オーストラリア国シドニー大学講師、南満洲鉄道株式会社調査局に務める傍ら、
香道史、小説、批評、随筆、オペラ、放送ドラマの台本などの執筆を手がける
(「香道への招待」北小路功光、北小路成子/著より)』
北小路功光
伊藤伝右衛門(でんえもん)
伊藤伝右衛門
1861~1947/大正鉱業社長、“炭鉱王”、衆議院議員、嘉穂銀行取締役、十七銀行取締役/
福岡県飯塚市出身/柳原白蓮二番目の夫/
『少年の頃から丁稚奉公、小鉱山の穴掘りなどをする。
明治31年から炭鉱経営を始め、牟田炭鉱で巨富を積み、一代で産をなし“炭鉱王”と呼ばれた。
大正3年大正鉱業、昭和12年伊藤合名を設立。この間、明治36年衆院議員にも当選。
44年52歳の時、華族・柳原燁子(白蓮、27歳)と再婚、世にいう赤銅御殿を建てたが、
昭和初期焼失し、大正鉱業は昭和39年倒産した。(「20世紀日本人名事典」より)』
伊藤伝右衛門
筑豊一代「炭坑王」伊藤傳右衛門」宮田昭
(肩書き・役職の「元・前」は基本的に省略|人物解説リンク:コトバンク/amazon[名前で検索])





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●参考文献
恋の華・白蓮事件」永畑道子
「白蓮れんれん」(中公文庫)林真理子
明治・大正・昭和華族事件録」千田稔
華族総覧」千田稔
平成新修旧華族家系大成 (上巻)」霞会館
平成新修 旧華族家系大成〈下巻〉」霞会館
「華族大観」西邑木一
遊鬼―わが師わが友」白洲正子
20世紀日本人名事典」日外アソシエーツ
明治維新人名辞典
幕末維新人名事典
「江戸大名家血族事典」別冊歴史読本
「華族 近代日本を彩った名家の実像」歴史読本2013年10月号


●参考HP
漱石・草枕の里