| ●八千草薫家系図 (人物解説リンク:ウィキペディア) |
| 水木洋子 |
脚本家、劇作家/
文化学院で演劇を専攻。菊池寛主宰脚本研究会、日本放送協会放送劇部門嘱託を経て、昭和23年八住利雄門下に。
24年「女の一生」でシナリオ作家としてデビュー。
30年代に入ると、その活動は目ざましいものとなる。
代表作に映画「また逢う日まで」「ひめゆりの塔」「にごりえ」「夫婦」「あにいもうと」「浮雲」「あらくれ」「純愛物語」「キクとイサム」「おとうと」「怪談」など。
テレビでは大河ドラマ「竜馬がゆく」、「甘柿しぶ柿つるし柿」などがある。
人物の性格・心情のきめ細かい描写と、激しい感情性をユーモアや叙情で包みこむ描写を得意とする。
また22年以来、千葉県市川市に在住。
平成10年、“死後、自宅を市川市に贈与する”という契約を結ぶ。
12年同市で企画展が開催される。
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| 若山セツ子(セツコ) |
女優/次姉・テイ子はSKDから大映の女優(いわゆる大部屋女優)/
東宝ニューフェース第1期生。昭和21年に三船敏郎、久我美子、堀雄二らとともに映画界入りし、「四つの恋の物語」でデビュー。
続いて谷口千吉の監督第一回作品、三船敏郎主演の「銀嶺の果て」(22年8月)に出演、同年の「おスミの持参金」で毎日映画コンクール新人演技賞を受賞した。
さらに24年、「青い山脈 」での黒い丸眼鏡をかけたお茶目な女学生役は印象深く、20年代の清純派スターとして人気を集めた。
24年10月に東宝の谷口千吉監督(当時36歳/セツ子20歳)と結婚して話題を呼んだが、7年で協議離婚。
36年映画・テレビ界から引退。46年カムバックするも、1年余りで再び引退。
57年に次姉、母親を立て続けに亡くしてからは一人暮らしの寂しい晩年だったといい、昭和60年入院中の病院で縊死。
◆「過ぎし愛のとき 」早瀬圭一
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| 谷口千吉 |
映画監督/
学生時代“左翼劇場”に入り新劇活動をするが、昭和8年、東宝の前身であるPCLに入社。
助監督として山本嘉次郎、島津保次郎につく。同期には、黒沢明。
その黒沢と脚本を書いた山岳アクション「銀嶺の果て」で昭和22年、監督デビュー。
続いて「ジャコ万と鉄」「暁の脱走」を撮る。
45年の長編記録映画「日本万国博」と50年の「アサンテ・サーナ」で注目を浴びた。
他の作品に「潮騒」「独立機関銃隊未だ射撃中」などがある。
“瞬間湯沸かし器”と呼ばれ、現場では度々、周囲と衝突。
小器用なタイプでもなく、映画産業が衰退する中、次第に活躍の場は減っていった。
50年の「アサンテ・サーナ」を最後に監督業からは遠ざかった。
二度の離婚を経て、32年に八千草薫と結婚。
夫婦仲は円満で、一線を退いてからは八千草を支え続けた。
近況を尋ねられ、「朝、妻を車で撮影所に送り、昼は山岳喫茶。そして夕方、妻を迎えに行く。それが今の仕事だよ」と答えたという。
“芸術の黒沢、娯楽の谷口”と並び称される。平成19年没。95歳
◆DVD谷口千吉 |
| 八千草薫 |
女優、タカラヅカ(娘役)出身/
◆八千草薫
「優しい時間 」
◆DVD八千草薫 |