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里見浩太朗 系図 (※転載禁止)


里見浩太朗~佐野浅夫系図

[系図1]




三代目黄門さま(佐野浅夫)と、五代目黄門さま(里見浩太朗)は親戚。(敬称略)

二人は共に、「水戸黄門」(TBS)で、「水戸光圀公・ご老公」役を演じた。
NHK「ファミリーヒストリー/里見浩太朗」(2014年11/14放送)では、二人の関係には、全く触れていなかった。
里見浩太朗の本名は「佐野邦俊」であり、佐野浅夫の本名はそのまま、「佐野浅夫」。
お互い「佐野」姓である。里見の母・エツの旧姓は、「木伏」であるから、父方佐野家の繋がりかと思うが、 しかし、
里見浩太朗の母親と佐野浅夫が、いとこの関係(「スポーツ報知」、「北海道新聞」、「朝日新聞」)とある。

また別に、里見浩太朗の1992年の著書、「ゆっくりと一歩」によれば、
里見浩太朗と佐野浅夫は、またいとこ同士とある。
またいとこ(はとこ)とは、互いのどちらかの親が、いとこ同士という事。
しかし、上記のように、里見の母親が、佐野浅夫自身と、いとこである。

これは、どういうことか?
実は、上記著書「ゆっくりと一歩」によれば、里見の両親が、お互い、元々、親戚関係にあったという。
里見の父・佐野亀一と、里見の母方祖母・よりが、いとこ同士であった。
その縁もあって、父と母は結ばれた。

現時点、わかっている事実が正しいと決めて、そこに想定を入れて、 仮に系図を作成してみると、以下のようになる。
(あくまで、仮ですので、間違っている可能性も多々あります。)

「この“系図”が目に入らぬか!」

以下の系図であれば、

『(里見の父方を通して)またいとこ同士であり、
里見の母と佐野浅夫が、いとこの関係

両方の関係が成り立つのであるが・・・。


[系図2 (仮定)]


そらのる 1210追加

●里見浩太朗家系図
佐野浅夫
佐野浅夫
俳優、童話作家/本名・佐野浅夫。神奈川県出身/
平成10年、妻・英子を亡くし、12年、21歳下の育子と再婚/
佐野浅夫
せん爺さんの太鼓
お話でてこいのおじさんのお話
佐野英子 佐野浅夫先妻(昭和25年結婚。二人の間に子供はいない)/平成10年8月没/
わたしのお弁当劇場―俳優佐野浅夫のお弁当を作り続けて40年
川村晃司 競輪選手/
佐野浅夫の後妻・育子と前夫との間の次男。
佐野勝三郎 商店経営、農林業/妻・やよ志/里見浩太朗の祖父/
国の専売事業であった塩の小売りを許され店を営んだ。
山梨県南部町井手で1、2を争う財産家であったという。
佐野亀一 陸軍軍人、憲兵曹長(「名誉の戦死」により准尉)/里見浩太朗の父/
明治37年、勝三郎夫妻12番目の子として生まれる。/
大正12年、19歳で陸軍に志願。近衞歩兵第二連隊に配属。
12年9月、関東大震災により、戒厳令がしかれた皇居周辺の警備に当たる。
13年8月東京憲兵隊に転属。昭和8年、小笠原諸島父島分駐所勤務。
昭和11年1月再度、東京憲兵隊勤務。2月、2・26事件が発生、緊急招集され、警備にあたる。
昭和12年7月、盧溝橋事件により、現地の治安を守る憲兵として、中国大陸に派遣される。
9月、中国山西省で壮絶な最期を遂げた。享年34。
佐野エツ 里見浩太朗の母/旧姓・木伏。静岡県出身。農家 父・木伏運平、母・より(よりじ)/
上京して、母・よりのいとこ・鈴木孝之(佐野家から婿養子入り/亀一ともいとこ同士)が営むパン製造販売店を手伝っていた。 その縁で亀一と結婚(「ゆっくりと一歩」より)。
長男・要、次男・邦俊(里見浩太朗)をもうける。里見が生後10ヵ月の時、夫・亀一は戦死。
その後、実家のある静岡県に戻り、息子二人を女手一つで育て上げた。
平成15年死去。享年93。
里見浩太朗
里見浩太朗
俳優、歌手/本名・佐野邦俊/昭和11年11月28日生。
昭和11年2月25日夜。1ヵ月ぶりに父・亀一が帰宅して翌日は久方ぶりの休暇であった。
しかし、翌朝未明、2・26事件が発生。非常招集がかかり、そのまま2ヵ月帰ってこなかった。
父が帰っていた日に、久方ぶりに夫婦の営みがあり、その年の11月に、里見浩太朗が誕生した。/
一男・圭亮をもうけるも昭和50年、巳智子と離婚。その後、風間栄一二女・信子と再婚。
『お相手の女性は、聖心女子大出の風間信子さん(26)。元パンアメリカン航空のスチュワーデス。
約2年、国際線勤務。その後、花嫁修業のため、いったん退社。
現在は、再びパンアメリカンに就職して、東京の営業所でセールスを担当している。
165センチ、体格のいいお嬢さんである。
小麦色の肌は、水泳で鍛えたせいらしい。新潟市出身。
父親は、かつてのレスリングの名選手、風間栄一さん。(「週刊新潮」昭和51年6/24号)』/
昭和32年6月、芸名「鏡小五郎」で「上方演芸底抜け捕物帳」 でデビュー。
芸名が桂小五郎の失敗みたいだと、先輩達に不評で、翌月「富士川一夫」で「ほまれの陣太鼓」。
「里見浩太郎」は10月の「天狗街道」から。「浩太朗」に改名したのは45年。/
「水戸黄門」(TBS)で、2代目助さん(昭和46~63年)、5代目水戸黄門(平成14~23年)/
里見浩太朗
ゆっくりと一歩 駆けずの浩太朗半生の記
佐野圭亮
佐野圭亮
俳優/里見浩太朗長男。7歳の時、両親が離婚。母の元で育てられた/
母・巳智子は横浜の医者の娘で元ミス横浜。元々、里見浩太朗のファンの一人だった。
佐野圭亮
おおたにまいこ
おおたにまいこ
女優/
『深川生れで四代続く江戸っ子、というおおたにさんは高卒後に芸能界へ入った。
「ジャッキー・チェンに憧れ、日本なら立ち回りだと」新国劇出身の俳優、大山克巳に弟子入り。
時代劇を中心に「はぐれ刑事純情派」にレギュラー出演し、松平健の舞台ではお庭番役。
(「週刊新潮」平成17年4/14号)』
風間栄一 日本レスリング協会第3代会長、レスリング選手/2001年5月没/
娘二人の父。長女・宏子、二女・信子ともにパンアメリカン航空のCAだった。
長女はオランダ人と結婚。/
ベルリン五輪フリースタイル・ライト級で5位入賞。
全日本選手権では2階級にわたって計10度の優勝。
1964年の東京五輪では監督を務め、金メダル5個を獲得。
地元・新潟では、繊維関係の二つの会社の社長も務めた。
(肩書き・役職の「元・前」は基本的に省略|人物解説リンク:コトバンク/amazon[名前で検索])





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●参考文献
家の履歴書 男優・女優篇」斎藤明美
この母ありて」木村隆/編
テレビ・タレント人名事典 第6版」日外アソシエーツ
週刊新潮 [結婚]
スポーツ報知
スポーツニッポン
北海道新聞
朝日新聞
ゆっくりと一歩 駆けずの浩太朗半生の記」里見浩太朗


●参考HP
日本レスリング協会公式サイト
日刊ゲンダイ


●参考TV
「ファミリーヒストリー/里見浩太朗~父の死の真実 母が誓った覚悟~」(NHK|2014年11/14放送)