| ●三浦友和・山口百恵家系図 (人物解説リンク:ウィキペディア、コトバンク) |
| 篠塚建次郎 |
ラリードライバー(三菱自動車社員を経てフリー)/
昭和62年パリ・ダカールラリーで総合3位、63年総合2位。
平成2年オーストラリアン・サファリ優勝。3年日本人として初めて、
世界ラリー選手権のアイボリーコースト・シリーズで優勝、翌年も連覇した。
9年パリ・ダカールラリーで、日本人として初の総合優勝。10年は2位。/
妻との出会いは、昭和51年サファリラリー6位入賞後の、三菱自動車販促キャンペーン。
『映画は43分、プラスぼくのトークショーも加えたのだが、それだけでは寂しいな、
と誰かが思ったのだろう。「歌もかませよう」ということで、クラウンレコードから
売り出す新人歌手を随行させる案が決定した。歌手の名は牧陽子(本名・三浦ひろ子)。
当時最大のアイドル山口百恵の相手役として人気急上昇の三浦友和の姉である。
そして---。キャンペーンの22日間、日本国中をずっと一緒に旅していたぼくとひろ子は
いつのまにかつきあうようになっていた。ぼくの一目惚れだった。
が、結婚したら専業主婦になってほしいぼくと、芸能界で活躍することを夢見ていた
ひろ子との間で意見がまとまらず、けっきょく1年ほどして別れてしまう。
ぼくたちがよりを戻して結婚するのはそれから10年もあとの話である。』
(その後、「週刊平凡」の取材で、夏木陽介をひろ子がインタビュー。それをきっかけとして再会)
[「ラリーバカ一代 」篠塚建次郎/著より]
篠塚建次郎 |
| 三浦弘子 |
タレント・女優・歌手[牧陽子→三浦弘子](引退)/三浦友和の姉/
1950年、山梨県塩山市に生まれる。
1970年、東映俳優養成所から芸能界デビュー。
女優、歌手を経て、ディスクジョッキー、司会、インタビュアー、ライター、
エッセイストとして多才ぶりを発揮。
歌手としては、75年9月25日、牧陽子「新宿二丁目曲がり角」でデビュー。
代表作は、「陽子二十歳は風まかせ」。
1986年、山梨県清里にペンション「ら・べるでゅーら」をオープン。料理家としても活躍。
1987年、三菱自動車工業社員・篠塚建次郎と結婚。
「簡単につくれるおもてなし料理 」
「楽しいアウトドア・クッキング 」 |
絲木建太
(いとぎ) |
俳優/PureBoys(ピュアボーイズ)メンバー |
| 三浦友和 |
俳優/
父は山梨県の警察官であったが、郷党精神旺盛で、
見どころのある古手役人の世話などをかってでる癖がある小佐野賢治が、
マジメぶりに惚れこみ、国際興業にスカウトした。
■三浦友和 テレビドラマ相関図
三浦友和
「相性 」
「被写体」 |
| 山口百恵 |
歌手、女優/1980年10月芸能界より引退、11月三浦友和と結婚/
山口百恵
「蒼い時」
「百恵さんの子育て日記 」佐藤淳一 |
| 三浦祐太朗 |
ロックバンドPeaky SALT(ピーキーソルト)ボーカル&ギター担当「ユウ」/
2008年11月、「イトシセツナナミダ」でデビュー。
2010年9月活動休止を発表。 |
| 三浦貴大(たかひろ) |
俳優/
2010年、映画「RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語」で俳優デビュー。 大正製薬リポビタンDのCM「ファイト一発!」でケインコスギと共演。
2011年日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。
初主演映画「学校をつくろう」公開。 |