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河原崎国太郎~松山英太郎・政路 系図 (※転載禁止)




そらのる 1210追加

●河原崎国太郎家系図
渡辺又三郎 第8代広島市長、衆議院議員(広島県第1区選出・無所属/当選3回)/
嘉永3年4月生・広島県出身。
芸州藩銃隊副役となる、のち代言人の業務に従事し、広島県会議員、同副議長、
同市部会議長、広島市会議員、同議長、広島市長となる、
また広島代言人会副会長、四国代言人会長となるほか、中国新聞を創刊す。
明治43年7月18日死去。
(「議会制度百年史 (衆議院議員名鑑)」より)
松山省三
松山省三
1884~1970/洋画家、カフェー・プランタン経営、文春クラブ支配人/
渡辺又三郎三男。松山家に入籍。妻は英子(ひでこ)。
横山家に入籍した弟・横山寧道(医師)は原爆により死亡。/
東京美術学校洋画科卒。岡田三郎助に師事し、白馬会、院展に出品。
そのかたわら明治44年、東京・京橋にカフェー・プランタンを開業、
文学者や美術家を常連としたが、昭和20年廃業。戦後は文春クラブに勤務した。/
カフェー・プランタンは大正時代から、作家・永井荷風、正宗白鳥、小山内薫、長谷川伸、
画家・岸田劉生ら、多くの作家・芸術家・演劇人・ジャーナリスト等が出入りした、
いわば自由人のたまり場のような店だった。
河原崎国太郎(5代目)
河原崎国太郎(5代目)
歌舞伎俳優、劇団前進座創立メンバー/
前名・市川笑也(えみや)/本名・松山太郎/
河原崎国太郎
鈴鹿ゆみ子 タカラヅカ/本名・松山重子/五人きょうだい(男二人、女三人)の末っ子/
母は大阪・堂島で米相場を営んでいた家の次女に生まれたが、
横浜の伯父(貿易商/笹木姓)の養女となった。
父・徳松は婿養子。父の兄・門(かど)松次郎は松方コレクション・松方家の大番頭。
父は早世し、母は再婚した。/
昭和5年、小学校卒業と同時に宝塚音楽歌劇学校に12歳で入学。
5年間在籍し10年退団。11年前進座女形・河原崎国太郎と結婚。
前進座の販売、宣伝係として働きながら、共同生活の中で、
二男二女[長女・紀子、次女・梨絵子、長男・英太郎、次男・省次]を育てた。
四人の子はそれぞれ、前進座の子役としても、舞台に立った。
おとうちゃんは女形(おやま)国太郎」松山重子
ごめんね、英ちゃん―食道癌で死んだわが子・松山英太郎追想」松山重子
立松英子 タカラヅカ/鈴鹿ゆみ子の四つ年上の姉・園子/
大手前女学校に入るも3年生でやめて、宝塚音楽歌劇学校に昭和4年入学。
14年退団後、上京して、前進座文芸部に勤務した。
奈良明彦 山梨県上野原市長(初代)、上野原町長、薬局経営/
妻・紀子は河原崎国太郎長女、高校のクラスメート。昭和12年生/
昭和62年以来、上野原町長に5回当選。平成17年上野原市長に当選、21年退任。
松山英太郎(えいたろう)
松山英太郎
俳優/本名・松山英太郎(ひでたろう)/平成3年、食道癌により48歳で没/
昭和45年、芦田伸介の一人娘・亜子と結婚。
一男一女をもうけるも8年たらずで協議離婚した。
松山英太郎
由夏
(芦田由夏)
由夏
女優/
主な出演に、テレビドラマ「かあさんはドン?」「火の玉婦長さん物語2」「とおりゃんせ」「警部補佃次郎」、舞台「七夜姫」「悪の華」「月形半平太」。
芦田昌太郎
(しょうたろう)
芦田昌太郎
俳優/
松山英太郎を父に持ち、小学校1年生の時「孤独の岸」で舞台デビュー。
他の出演に舞台「花のこころ」、テレビ「信長」「父系の指」「その灯は消さない」など。
芦田昌太郎
芦田伸介
芦田伸介
俳優/妻・明子は元タカラジェンヌ/
島根県松江市出身。家は代々、雲州松平侯の剣術指南を務めた。
不伝流居合抜きをもって知られた道場は父の代まで続き、
自身も、中学時代、すでに剣道三段の腕前であった。
芦田伸介
本:「歩いて走ってとまるとき
香久美ひかる タカラヅカ(昭和12~15年)/同期に、越路吹雪、乙羽信子など/
大阪の牧師の家に生まれたが、女学校を出てすぐに宝塚歌劇団に入る。
戦争が始まり、父が新京の布教区長になったのを機に、宝塚をやめ満州に渡る。
放送局でピアノを弾くかたわら劇団にも参加、そこで芦田伸介と知り合う。
しかし、結婚後、半年で敗戦。その混乱の中、乳飲み子の娘を抱えながら、
言語に絶する決死の逃避行を重ね、満州より帰還。
昭和33年、交通事故により夫が失明の危機時にも、夫を献身的に支え続けた。
松山政路(せいじ)
松山政路
俳優/旧芸名・松山省二、本名・省次/
昭和52年、紅景子と再婚。
松山政路省二
紅景子 女優/淡島千景の弟子。のち、義姉・梨絵子に習い名取・藤間貴美子
松山愛佳
松山愛佳
女優/松山政路次女
花房端連(まさつら)
花房端連
初代岡山市長
花房義質(よしもと)
花房義質
日本赤十字社社長、宮内次官、外交官/子爵/
花房端連長男。妻・千鶴子は青木順一二女
花房義質
花房直三郎
花房直三郎
内閣統計局長、統計学者、官僚/
花房端連三男。妻・八重子は山内芳秋長女
花房満三郎
(はなぶさ まんさぶろう)
「文藝春秋」編集長、文芸春秋新社取締役、新有社専務/
花房直三郎三男。妻・春子は松山省三長女、河原崎国太郎の妹/
嵐芳三郎(4代目)
嵐芳三郎(4代目)
歌舞伎俳優/
本妻・のぶ(旧姓・伊藤)との間に子はできず、トミ(マツの姉)との子を引き取った。
嵐芳三郎(5代目)
嵐芳三郎(5代目)
歌舞伎俳優/母方いとこに矢島せい子・沢村国太郎・沢村貞子・加東大介きょうだい/
妻・雪子(旧姓・高田)は名古屋新守座の芝居茶屋「米鶴(よねつる)」の娘として生まれ、
お嬢さん芸者になりお座敷で踊り、昭和初期にはミス名古屋になった。
五代目芳三郎芸話
嵐芳三郎(6代目)
嵐芳三郎(6代目)
俳優/本名・寺田敏晃
役者の書置き―女形・演技ノート
役者と役の間―嵐芳三郎おぼえ書
藤間多寿史(たずふみ) 日本舞踊家、女優・松山梨絵/
河原崎国太郎次女。松山英太郎・政路の姉・梨絵子。
夫は6代目嵐芳三郎。前進座2世同士が結婚。
河原崎国太郎(6代目) 俳優/前名・嵐市太郎(4代目)/6代目嵐芳三郎長男
嵐芳三郎(7代目) 俳優/前名・嵐広也/6代目嵐芳三郎次男/
平成6年、前進座で1年後輩の加治屋いずみと、5年の交際を経て結婚。
加治屋いずみ 女優/
埼玉県本庄市出身。昭和62年前進座に入座、平成4年退団。
のちフリーの女優として活動。
嵐圭史
嵐圭史
俳優、劇団前進座幹事長/5代目嵐芳三郎次男/
おばに日本舞踊家・西川鯉女/
嵐圭史
花の道草
麦人 声優/本名・寺田誠/5代目嵐芳三郎三男/
麦人
寺田路恵(みちえ)
寺田路恵
女優/6代目嵐芳三郎、嵐圭史の妹/
おもひでぽろぽろ」では声優を務めた。
寺田路恵
加東大介
加東大介
俳優/
当初、前進座に所属した。
関連:「系図でみる近現代 第19回
加東大介
七人の侍
南の島に雪が降る (知恵の森文庫)
(人物解説リンク:コトバンク/amazon[名前で検索])





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