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梨園家系図
坂東三津五郎

坂東三津五郎・玉三郎家系図







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●坂東三津五郎家系図
坂東三津五郎(8代目)
坂東三津五郎(8代目)
歌舞伎俳優/坂東三津五郎(7代目)の養子/
中村又五郎(2代目)は妹の夫。坂東三津五郎(10代目)、池上季実子は孫。
甥に岸沢式佐(11代目・常盤津三味線方)/
茶道、古美術に造詣深く、歌舞伎界の故事、先達の芸風にも通じ、
「歌舞伎の生字引」といわれた。昭和50年、フグ中毒で急逝。
坂東秀調(4代目) 歌舞伎俳優/坂東秀調(3代目)の養子
坂東又太郎(7代目) 歌舞伎俳優、舞踊家/坂東秀調(3代目)長男/
昭和3年、歌舞伎座(どんどろ)に子役としてお鶴役で初舞台を踏む。
のち7代目坂東又太郎を襲名したが、23年役者を廃業、一時警察官となる。
24年3月より再び坂東又太郎を名乗り、日本舞踊坂東流師匠として活躍した。
市川高麗蔵(10代目) 歌舞伎俳優/坂東秀調(3代目)二男
坂東秀調(5代目) 歌舞伎俳優/市川高麗蔵(10代目)長男
五代目坂東秀調
坂東三津五郎(9代目)
坂東三津五郎(9代目)
歌舞伎俳優/坂東秀調(3代目)三男、坂東三津五郎(10代目)の父/
妻・喜子(のぶこ)は坂東三津五郎(8代目)長女、養子入り。
坂東三津五郎(10代目)
坂東三津五郎(10代目)
歌舞伎俳優、日本舞踊坂東流家元(坂東流は日本舞踊5大流派の一つ)/
前名・坂東八十助(5代目)/坂東三津五郎(9代目)長男/
昭和58年寿ひずると結婚。“寿”と“寿”[本名・守田寿(ひさし)]の結婚であったが平成9年離婚。
10年近藤サトと再婚するも、12年離婚。
十代目坂東三津五郎
坂東三津五郎
坂東三津五郎 歌舞伎の愉しみ
坂東三津五郎 踊りの愉しみ
坂東三津五郎 粋な城めぐり
寿ひずる
寿ひずる
女優、タカラジェンヌ(男役)
守田菜生
守田菜生
女優/三津五郎(10代目)長女
守田幸奈 日本舞踊坂東流師範/三津五郎(10代目)次女
坂東巳之助
坂東巳之助
歌舞伎俳優/三津五郎(10代目)長男
二代目坂東巳之助
芸の真髄シリーズ 江戸ゆかりの家の芸 坂東 三津五郎 [DVD]
近藤サト
近藤サト
アナウンサー(フジテレビを経てフリー)/
平成15年、イベント企画会社アイ・アンド・エフ社長の今岡寛和と再婚。
池上季実子
池上季実子
女優/母・慶子は坂東三津五郎(8代目)の次女。10代目坂東三津五郎はいとこ。
父・池上義昭は滋賀県大津市の合成樹脂加工会社社長。
父母はは昭和59年離婚。父方祖父は三井物産取締役を務めた。
昭和60年、古美術店「一元堂」経営の臼井一元(実家は岐阜で窯元を経営)と結婚するも離婚。
守田勘弥(14代目)
守田勘弥(14代目)
歌舞伎俳優/
昭和12年、水谷八重子と結婚するも25年離婚。その後、藤間勘紫恵と再婚。
藤間勘紫恵(かんしえ) 日本舞踊家
坂東玉三郎
坂東玉三郎
歌舞伎俳優/14代目守田勘弥の養子/
本名・守田伸一、旧姓・楡原。楡原家は東京・大塚で料亭を経営した。
五代目坂東玉三郎
中村時蔵(5代目)
中村時蔵(5代目)
歌舞伎俳優/
(週刊新潮 昭和60年5/16号[結婚:「玉三郎の妹」をおヨメにもらった女形・中村時蔵)]より、
『その時蔵が三十歳にして、めでたくゴールインしたのである。
相手は守田明江さん、二十五歳。実父は都内でバッグの卸業を営んでいるが、
彼女、藤間流の舞踊家で伯母にあたる守田勘弥未亡人の養女に入っている。
つまり、守田家の養子である玉三郎とは義理の兄妹になるというわけ』
五代目中村時蔵
梨園関連系図
水谷八重子(初代)
水谷八重子(初代)
女優/
amazon関連本:水谷八重子
水谷竹紫(ちくし)
水谷竹紫
演出家、劇作家/水谷八重子(初代)義兄/
孫に宝塚歌劇団娘役・水谷紫乃(しの/平成5年入団、11年退団)
水谷八重子(二代)
   (良重)
水谷八重子(二代)
女優/旧芸名・水谷良重/
守田勘弥(14代目)と水谷八重子(初代)の一人娘。
白木秀雄
白木秀雄
ジャズ・ドラマー/
昭和34年、当時ジャズ歌手だった水谷良重と結婚、38年離婚/
坂東好太郎
坂東好太郎
映画俳優、歌舞伎俳優/
大正11年沢村健太郎を名乗って初舞台、13年坂東好太郎と改名。
昭和6年、松竹下加茂撮影所に入って二枚目時代劇スターとなり、
林長二郎(長谷川一夫)、高田浩吉とともに美男三羽ガラスとして人気を集めた。
主な作品は岡田嘉子と共演の「お静礼三」、田中絹代と共演の「浪花女」など。
戦後23年からは大映、日活、新東宝、東映と移り、
37年歌舞伎に復帰後は老練なわき役として貴重な存在だった。
最後の舞台は56年4月、東京・歌舞伎座での「元禄忠臣蔵=南部坂雪の別れ」の落合与右衛門役。
(「芸能人物事典 明治大正昭和」日外アソシエーツ)
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飯塚敏子 女優/
婦人公論の美人投票に当選、昭和5年松竹蒲田に入社。
6年小津安二郎監督の「淑女と髯」に岡田時彦の相手役でデビュー。
「この穴を見よ」などでヒロイン。同年8月松竹下加茂に移る。
衣笠貞之助監督の「唐人お吉」で主演。7年「弥次喜多美人騒動」で準幹部。
坂東好太郎デビュー作「世直し大明神」に共演、以来美男美女コンビで大人気。
この間、林、高田との共演、市川右太衛門の相手役を務め、蒲田に迎えられた。
同年秋、日活太秦の永田雅一が他社スター引き抜きに暗躍、飯塚も1万円女優と新聞に騒がれた。
8年幹部昇格。この頃、坂東好太郎とのコンビが多く二人のロマンスが話題となる。
「巷説・濡れつばめ」ではうぐいす芸者・市丸の主題歌がつき、好評を博した。
10年夏、坂東好太郎と結婚。11年蒲田で五所平之助の「奥様借用書」主演、大船で「朧夜の女」。
京都に戻り「あさぎり峠」など8本。12年出産で退社。14年「月夜鴉」で復帰。
17年坂東好太郎一座結成、24年まで舞台公演。映画は21年引退した。
(「芸能人物事典 明治大正昭和」日外アソシエーツ)
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坂東吉弥(2代目) 歌舞伎俳優/坂東好太郎長男。平成16年没
坂東小吉 歌舞伎俳優/坂東吉弥の孫
初代坂東小吉
坂東弥十郎
坂東弥十郎
歌舞伎俳優/坂東好太郎三男
初代坂東彌十郎
坂東新悟 歌舞伎俳優/坂東弥十郎長男
初代坂東新悟
(肩書き・役職の「元・前」は基本的に省略|人物解説リンク:ウィキペディア/amazon[名前で検索])



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●参考文献
十代目坂東三津五郎」坂東三津五郎
粋にいなせに三津五郎」坂東三津五郎
坂東玉三郎―歌舞伎座立女形(たておやま)への道」中川右介
日本の有名一族―近代エスタブリッシュメントの系図集」小谷野敦
歌舞伎人名事典」野島寿三郎/編
歌舞伎界の家系・役者 梨園のひみつ」フィールドワイ/編
「芸能人物事典 明治大正昭和」日外アソシエーツ
テレビ・タレント人名事典」日外アソシエーツ
週刊新潮


●参考HP
歌舞伎 on the web

●花本さまより追加情報をいただきました。
人事興信録

●参考TV
ソロモン流|テレビ東京 2013年6月16日 「賢人:坂東三津五郎」
















     
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